ハーディ『ある数学者の弁明』私家版翻訳

松本佳彦

イギリスの数学者G. H. ハーディ(1877–1947)がその晩年に書いた『ある数学者の弁明』(原題:A Mathematician's Apology)という本があります。すでに出版されている日本語訳もあるのですが(柳生孝昭訳の『ある数学者の生涯と弁明』所収)、日本における著作権保護期間が終了していますので、別の翻訳をつくってみました。

PDF版もあります

『ある数学者の弁明』の表紙に使われたハーディの写真。1927年頃とされる(Wikimedia Commonsより)

緒言

C. D. ブロード教授とC. P. スノー博士に原稿を読んでいただき、多くの価値ある批判をいただいたことに感謝する。彼らの提案のほぼすべてを反映して本文を書き換えたことにより、非常に多くの未熟さや曖昧さを取り除くことができた。

一か所だけ異なる取り扱いをしたところがある。28節は今年の初めに『ユーレカ』(ケンブリッジ・アルキメデス協会の会誌)に寄稿した短い記事に基づいているが、そんなにも最近、しかも細心の注意を払って書いた文章を再構築するのは不可能であるように思えた。また、彼らの重要な批判に真剣に応えようとすれば、この節を大幅に長くしなければならないが、それはエッセイ全体のバランスを壊すことになっただろう。そこで私はこの節に手を加えず、そのかわりに、批判の主な内容について、末尾の覚え書きの中で簡潔に述べておいた。

G. H. H.

1940年7月18日

1

専門の数学者にとって、自分が数学について書いているというのは憂鬱なものだ。数学者の役割とは何かをなすこと、新しい定理を証明すること、数学という学問に何かを付け加えることであって、自分や他の数学者がしてきた仕事について語ることではない。政治家は政治評論家を好まず、画家は美術評論家を好まない。生理学者、物理学者、そして数学者もふつう同じような感情を持つ。創造する者が説明する者に対して抱く軽蔑の念ほど、根源的で、一般的に言ってもっともなものはない。解説、批評、評価といったことは、二流の知性の仕事である。

ハウスマンと真剣に言葉を交わす機会はわずかしかなかったが、彼との会話でこの点を俎上に載せたことがあったのを覚えている。レズリー・スティーヴン記念講演『詩の名称と本質』の中で、ハウスマンは、自分が「評論家」であることを断固として否定した。しかしその否定の仕方は私には奇妙にひねくれたものに思われた。彼は、文芸評論に称賛の意を示したのだった。私は愕然とした。

彼は、自身の22年前の就任講演を引用してこのように始めた。

文芸評論の能力が神の与え給う最高の才能であるかどうか、私にはわからない。しかし神はそうお考えのようだ。なぜならこの能力こそが、最も慎重な仕方で授けられるもののように思われるからである。雄弁家や詩人……は、黒イチゴの旬ほど頻繁にはやって来ないかもしれないが、ハレー彗星の回帰よりはありふれている。文芸評論家の出現はもっと稀である。……

そしてこう続けた。

この22年間、私はある面では向上し別の面では退歩した。だが文芸評論家になったと言えるほど向上してはいないし、それになったと夢想するほど退歩してもいない。

私には、偉大な学者、素晴らしい詩人がそんなことを書くのは嘆かわしいことと感じられた。そこで数週間後、カレッジのホールで彼の隣に居合わせた際に、私は議論を吹っかけた。彼は、字句通りに受け取られることを意図してそのように述べたのか。最良の評論家の生涯が、学者や詩人のそれと比肩し得るものだと彼は感じていたのか。私たちは夕食の間ずっと議論を続けたのだが、最終的には、私は彼の同意を得られたように思う。もはや意見を異にすることのない者に対して、ことさらに弁証法的勝利を主張すべきではないだろう。だが最後には彼の答えは、第一の問いについては「完全にはそうとは言えないかもしれない」、第二の問いについては「おそらく違うだろう」となった。

ハウスマンの持っていた思いについては不明な点もあろうから、彼が私と同意見だと主張するつもりはない。しかし科学者たちの持っている思いは明確であって、また私もそれを完全に共有している。だから、私が数学そのものを書くのではなく数学「について」書くとき、それは私の弱さの告白であって、若く活発な数学者たちに軽蔑されたり憐れみを抱かれたとしても当然のことだ。私が数学について書くのは、60歳を過ぎた他の数学者と同様に、本来の仕事で実績を挙げ続けるだけの新鮮な頭脳も精力も、そして忍耐をも失ったためである。

2

私は数学のための弁明を提示しようとしている。もっとも、そのようなものは不要だという意見も考えられるだろう。つまり、数学よりも広く、有益かつ称賛に値すると認められている学問は、理由の如何はともかく、わずかしかないからというわけだ。それは実際のところ、そうかもしれない。アインシュタインの劇的な成功以来、天文学と原子物理学が世間から高い評価を得るようになったかもしれないが、数学はそれに次ぐ地位にはある。数学者は目下、守勢に立つ必要はない。『現象と実在』の序文でブラッドリーは形而上学を見事に弁護したが、そこで描かれているような攻撃に数学者はさらされていない。

ブラッドリーによれば、形而上学者は「形而上学的な知を得ることはまったく不可能だ」とか、あるいは「たとえある程度可能だとしても、知の名に値するものではない」と批判される。「いつも同じ問題、同じ議論、同じ完全なる失敗。もう諦めて外の世界に出てきてはどうか。他に取り組むべき仕事はないのか」と言われる。数学については、こんな物言いをする馬鹿はいない。これまでに膨大な数学的真理が得られてきたことは明白で、その集積は堂々とそびえている。橋梁、蒸気機関、発電機といった実際の応用例は、想像力の最も乏しい者の目にも否応なく入る。大衆は、数学に何らかの実質があることについてそもそも疑いを持ってはいない。

これらはすべて、数学者にそれなりの大きな安心感を与えてはいる。だが、真の数学者がこれで満足するとは考えられない。真の数学者はこう感じるに違いない。すなわち、数学の本当の価値はそういう露骨な成果にあるのではなく、世間の数学に対する評判の大部分は無知と混乱に基づくものにすぎず、より理にかなった数学の弁護の仕方が存在すると。ともかく私は、そのような弁護を試みたい。それは、ブラッドリーの困難な弁明よりは簡単な仕事のはずである。

それでは次のように問おう。数学を真剣に研究することには、なぜそうするだけの価値があるのか。数学者の人生はどのようにして適切に正当化されるか。そして私の答えは、大筋では、どの数学者からも予想されるようなものである——私は数学の研究には価値があるし、十分な正当化ができると考えている。しかし同時に言わねばならないが、私の行う数学の弁護はすなわち私自身の弁護であり、したがって私の弁明はある程度利己的にならざるを得ない。もし私が自分をこの道の敗北者と思っていたなら、数学の弁護などに価値を見出すことはなかっただろう。

この種の利己性はある程度までは不可避であり、実のところ正当化する必要もないと思う。良い仕事は「慎ましい」者からは生まれない。たとえば大学教授について言えば、その最も重要な職務の一つは、どんな分野であれ、自分の専門分野の重要性と、その分野における自らの重要性を、少しばかり誇張することだ。「自分の仕事には価値があるのか」とか「他に適切な者がいるのではないか」と問うてばかりいる者は、例外なく無能な存在で、他者のやる気も失わせる。目を軽く閉じ、自分のテーマと自分自身を少し余分に高く買ってやらなくてはならない——これはそう難しいことではない。しっかり目を閉じすぎてテーマと自分自身を愚かしいものにしないことのほうは、もっと難しいのであるが。

3

自分の存在とその仕事を正当化しようとする者は、二つの異なる問いを明確に区別しなければならない。第一の問いは、自分の仕事には取り組むだけの価値があるのかということ。第二の問いは、価値はともかく、なぜ自分はそれに取り組むのかということである。第一の問いは往々にして非常に難しく、結論は落胆を覚えるようなものになりがちだ。だが多くの人が、第二の問いは容易だと感じるだろう。誠実な人の出す結論はふつう、二つの形のいずれかをとる。二番目の形は一番目の形をより謙遜して述べたものにすぎないから、きちんと考える必要があるのは一番目だけである。

(一)「私がこの仕事をするのは、結局のところ、これが自分のよくできる唯一のことだからだ。私が弁護士、株式仲買人、あるいはプロのクリケット選手をしているのは、その仕事に関しては、いくらか本物の才能を持っているからである。私が弁護士をやっているのは、自分は弁が立つし、法の機微を興味深いと感じるからだ。私が仲買人をやっているのは、市場の状況を素早く正確に判断できるからだ。私がクリケット選手をやっているのは、ボールを打つのが人一倍うまいからだ。詩人や数学者だったらもっといいかもしれないとは思うが、残念だけれど、そういう方面の才能は自分にはない。」

私は、多くの人がこのように自分を弁護できると言いたいわけではない。なぜならほとんどの人には、特別よくできることなど何もないからである。とはいえ、この弁護が無理なくあてはまる人にとっては、これは堅固な弁護の仕方だ。そうした多少なりとも得意なことを持つ人は相当に限られていて、その割合は5ないし10パーセントといったところだろう。何かを真によくできる人はごくわずかであり、真によくできることを二つ持つ人は、無視できる程度にしか存在しない。本物の才能を持つ者は、それを最大限に伸ばすため、たいていの犠牲を払う覚悟をすべきである。

ジョンソン博士もこの考えを支持している

ジョンソン(彼と同名の)が3頭の馬を御しているのを見に行ったことがあると話したところ、彼はこう言った。「その男は、旦那、激励に値しますよ。なぜって彼の芸当は、人間の能力の限界を示すものですから……」

同じように、彼は登山家や、海峡横断泳の成功者や、目隠しチェスのプレイヤーのことも称賛したであろう。私としても、そのような偉業への取り組みには心から共感する。奇術師や腹話術師といった人々にさえもいくらかの共感を持っているし、たとえばアレヒンやブラッドマンの新記録挑戦が失敗に終わったならば、私はずいぶんがっかりすることだろう。ジョンソン博士も私も、こういったことについては世間と同意見だ。W. J. ターナーがいみじくも言ったように、そういう「本物の達人」に敬意を払わないのは、(いやみな意味での)「インテリ」だけである。

もちろん、異なる仕事は異なる価値を持つということを考えに入れる必要はある。私は政治家であるより、同じ程度の小説家や画家でありたいと思うだろう。それに名声に至る道の中には、明らかに有害だとして多くの人が否定するようなものもたくさんある。だがそういった価値の違いが、人の職業選択に影響することはほとんどない。なぜならたいていの場合、生来の能力的限界によって職業は決まってしまうからだ。詩はクリケットよりも価値が高いけれども、ブラッドマンが二流の詩作(彼がいい詩を書くことは考えづらいと思う)をするためにクリケットを捨てるとすれば、それは愚かというものだろう。もう少しクリケットの能力が低く、詩の能力が高ければ、選択は難しくなるかもしれない。たとえば私が今の自分ではなかったとして、ヴィクター・トランパーだったらよかったか、それともルパート・ブルックがよかったかは決めかねる。けれど幸いにも、そんなジレンマは滅多に起こらない。

付け加えるなら、そういうジレンマが数学者の身に起こることは、とりわけ珍しい。数学者と他の人々の精神の働きの違いはひどく誇張されがちだが、しかし数学の才能は、最も特殊な才能の一つであることは否定できない。数学者と呼ばれる人々は、一般的な能力や多才さにおいては、特に優れているとは言えない。ある人が、いかなる意味にせよ真の数学者であるなら、その人は九分九厘、他のどんなことよりも数学がずっとよくできるのである。他でたいした仕事もできないのに、自分のただ一つの才能を活かすまっとうな機会を放棄するのは馬鹿げたことだ。そのような犠牲を正当化するものが仮にあるとするなら、それは経済的な理由と年齢だけである。

4

年齢の問題について、ここで特に取りあげておくべきだろう。それは、これが数学者にとってとても重要なことだからである。すべての数学者は、数学がどんな芸術や科学の分野にもまして若者の競技であることを、片時も忘れてはならない。卑近な例であるが、王立協会の会員に選出される平均年齢は、数学の場合が最も低い。

もっと説得力のある実例も、簡単に見つけられる。たとえば、間違いなく世界で三本の指に入る数学者であったある者の経歴を考えるのがよいだろう。その者、ニュートンが数学界を引退したのは50歳のときであった。しかも彼の情熱は、さらにずっと前に失われていたのだった。彼は40歳のときには既に、自分の最も創造的な時期が過ぎ去ったことを間違いなく認識していた。その最も偉大な創意、すなわち流率と引力法則の考えが彼の頭に浮かんだのは、1666年頃、彼が24歳のときである——「その頃、私は創造の最高潮に達していた。数学と哲学のことを、後のどの時期と比べてもよく考えていた」。彼は40歳近くになるまで大発見をなし続けたが(「楕円軌道」は37歳のとき)、その後は新しい発見をすることはほとんどなく、過去の仕事を磨きあげるだけだった。

ガロワは21歳で、アーベルは27歳で、ラマヌジャンは33歳で、リーマンは40歳で死んだ。もっと高齢で偉大な仕事をした者もいたのは確かである。ガウスが微分幾何学を論じた偉大な著作が出版されたのは、彼が50歳のときであった(しかしながら、その根底をなす考えは、それより10年前に得られていた)。私は、数学上の大きな進歩に先鞭をつけた者が50歳を超えていた例を知らない。もう若くない者が数学に興味を失って、この世界から離れていったとしても、それによる損失はさほどではないだろう。数学にとっても、その者自身にとっても。

その一方で、利益のほうもたいして期待できはしない。過去の数学者のその後を追ってみると、決して希望を持てないことがわかる。ニュートンは比較的有能な造幣局長官ではあった(ただし、誰かと論争中でないとき)。パンルヴェはフランスの首相として、あまり成功しなかった。ラプラスの政治的な経歴はきわめて不名誉なものだったが、これは妥当な例とは言えないだろう。彼の場合は、能力がないというより不誠実だったのだし、それに数学界から完全に「引退して」はいなかった。過去の一流の数学者で、数学をやめてから他の分野でも一流の存在になった例を見つけるのは、非常に難しい。若者たちの中には、数学を続けていれば一流の数学者になったであろう者もいたかもしれないが、もっともらしい例を聞いたことはない。ここまでに述べたことは、私自身の限られた経験によっても、十分に裏付けることができる。私の知る、真の才能を持つ若い数学者は、みな数学に忠実だった。それは野心がないからではなく、野心に満ちあふれているがゆえであった。彼らはみな認識していたのだ。傑出した人物になる道があるとすれば、それは数学にこそあるのだということを。

5

もう一つのよく見られる弁明の仕方として、私が「より謙遜して述べたもの」と呼んだものがあった。しかし、これには簡単に触れるにとどめよう。

(二)「特別よくできることなど私にはない。今の仕事にたどり着いたのはなりゆきで、他のことをする機会は全然なかった。」この弁明もまた、議論の余地のない説明にはなっている。いかにも、ほとんどの人々には、よくできることなどないのだ。そうであれば、それらの人々がどんな仕事を選ぶかは重要ではないし、それ以上言うべきことは、まったく何もない。これは決定的な返答ではあるが、誇りある者の返答としては考えられないと思う。私たちの誰もが、これには満足できないものと仮定してよいだろう。

6

それではいよいよ、3節で取りあげた第一の問いについての考察を始めよう。これは第二の問いよりもずっと難しい。数学は——つまり、私や他の数学者たちが数学と考えているものは——取り組むだけの価値があるだろうか。あるとするならば、それはなぜか。

私は、1920年にオクスフォード大学で行った就任講演の冒頭を読み返してみた。そこには数学のための弁明のあらましが述べられている。それはまったく不十分なものだし(数ページにも満たない)、使われている文体は(私がその頃「オクスフォード式」と思っていた文体で書いた、おそらく初めての原稿だった)、今では誇らしくも感じられない。それでも私は、その弁明が問題の本質を捉えていると思う。議論を深めるべき余地が広く残されているにしても。本格的な議論への導入として、その際に述べたことを要約する。

(一)私は数学の〈無害さ〉を強調することから講演を始めた。「数学の研究は、たとえ無益だとしても、完全に無害な職業である。」私はこの立場を貫くが、いうまでもなく、議論をもっと展開して、詳述する必要があるだろう。

本当に数学は「無益」だろうか。いくつかの点から見て、それは明確な間違いである。たとえば、数学はそれなりに多くの人々に大きな喜びを与えている。けれども私は、もっと狭い意味での「益」を考えていたのである。つまり、数学は「有用」か——他の科学、たとえば化学や生理学などがそうであるように、直接的に有用だろうかということだ。これはまったくの簡単な問いとは言えないし、衆目の一致する結論があるわけではない。私は最終的にノーと答えるが、数学者の一部やその他の人々の多くは、間違いなくイエスと言うだろう。また、数学は「無害」だろうか。これも答えは明らかではない。それに、この問いは避けるべきだったとも言えるだろう。それはこの問いが、戦争に対する科学の影響という大問題を提起するからである。果たして数学は無害だろうか。つまり、たとえば化学は明らかにそうではない、という意味で。これらの二つの問いについては、後で再び論じる必要がある。

(二)続けて私はこう述べた。「宇宙の巨大さを思えば、仮に我々が時間を浪費しているとしても、大学で働くわずかな数の研究者が人生を無駄にするということは、壊滅的な惨禍というわけではない。」ここでは、ついさっき否定した過剰な謙遜による弁明を私が採用しているように見えるかもしれないし、あるいはそれを装っていると見えるかもしれない。しかし確信を持って言うけれども、実際に私の頭の中にあったのはそれではなかった。3節で言葉を尽くして説明した内容を、手短に述べようとしたのである。私は、われわれ大学人にはわずかばかりの才能が確かにあって、その才能を活かすべく全力を尽くすことが悪かろうはずはないと考えていたのだ。

(三)最後に、私は(今では堪えがたいほど修辞的に感じられる言い回しで)数学的成果の永続性を強調した。

我々の仕事は小さいかもしれぬが、なにがしかの永続性を備えている。どんなに小さなものであろうと、永続的な価値を生んだならば、それが一篇の詩であっても幾何学の定理であっても、大多数の人々の力が遥かに及ばぬことをなしたということなのである。

そしてこう述べた。

伝統的学問と新しい学問が衝突するこの時代においては、ピタゴラス以前に始まり、アインシュタイン以後も続く、最も歴史あると同時に最も若い学問について、語られねばならぬことが確かに存在する。

これらはすべて「修辞的」である。しかし当時述べたことの本質は、私には今でも真実を穿っているように思われる。またこれを、まだ結論を提示していない他の問いに予断を与えることなく、すぐさま敷衍することができる。

7

この本の読者諸氏は、適切な野心に満ちておられるか、または過去においてそうであったと仮定しよう。人の最も大切な義務、少なくとも若い人のそれは、野心を持つことである。野心は気高い情熱である一方、正当性の面ではさまざまな形をとって現れる。アッティラ大王やナポレオンの野心にさえも、何かしらの高貴さがあったのだ。しかし、最も気高い野心は、永続的な価値のある何かを後世に残そうというものである。

Here, on the level sand,
Between the sea and land,
What shall I build or write
Against the fall of night?

Tell me of runes to grave
That hold the bursting wave,
Or bastions to design
For longer date than mine.

(海と陸との間に広がる
この平らな砂の上に
何を造るのか、何を書くのか
迫り来る夜の闇に抗って

刻むべき言葉を教えてほしい
迸る荒波に耐えるような
砦の築き方を教えてほしい
私の生よりも長い年月のための)

野心は、この世界におけるほとんどの偉業の裏で、その原動力となってきた。特に、人の幸福に直接的に寄与するたいていのことは、野心を持つ人間によってなされた。有名な二つの例を挙げるとすれば、リスターやパスツールには野心はなかっただろうか。あるいは、もっと卑近な例としては、キング・ジレットやウィリアム・ウィレットはどうだったか。近年、彼らよりも人の快適な生活に貢献した人がいるだろうか。

生理学からは、特に良い例が得られる。それは生理学の研究が、明らかに「有益な」ものだからだ。われわれは、科学を弁護する者にありがちな誤った考えに囚われてはならない。つまり、最も人類に益をもたらす仕事をする者が、仕事の間その益のことしか考えていないとか、たとえば生理学者が、特別に高貴な魂を持っているという考えである。生理学者にとって、その仕事が人類に役立つことを思うのは確かに悪い気はしないことだろうが、彼らに仕事をする力やインスピレーションを与えている動機は、古典学者や数学者のそれと何も違いはない。

人が研究活動を遂行するにあたっては、尊重されるべき多くの動機があるが、とりわけ重要なものが三つある。第一のもの(それなしには残りの動機が意味を失うもの)は、知的な好奇心、真実を知ろうという欲求だ。次に、専門家としての誇り、自分の仕事に満足したいと切望する気持ち、誇り高い職人がその才能にふさわしくない仕事をしたときの打ちのめすような屈辱感である。最後に、野心、名声や地位に対する欲望、それがもたらす権力や金への欲望だ。確かに、一仕事終えたときに、それによって人々の幸福に寄与したとか、苦しみを和らげたと感じるのはよい気分かもしれないが、それは仕事をした理由にはなり得ない。もしある数学者が、化学者が、あるいは生理学者であっても、人類の役に立ちたいという望みこそが仕事の原動力だと私に言ったなら、私はその人を信用しない(または、信用するとしても、その言のために高い評価を与えたりはしない)。その人の主要な動機は私が上に述べたものなのであり、まともな人間は、それを恥じる必要はないのだ。

8

もし研究活動の主要な動機が、知的好奇心、専門家としての誇り、そして野心であるとするなら、間違いなく、数学者ほどその動機を満足させる機会を持つ人々はいない。数学者の研究対象は、どんなものより好奇心をそそる——真理がこんなにも気まぐれに戯れる分野は他にない。数学は最も精巧で最も魅惑的な技法によってつくられ、真の専門的能力を示すための最高の場を提供する。それに加えて、歴史が十分に証明しているように、数学の業績というものは、その本質的価値がどうであれ、最も長く残るのである。

このことは、歴史の曙の頃の文明についてさえ見られることである。バビロニアやアッシリアの文明は消滅した。ハムラビ、サーゴン、ネブカドネザルは、ただその名を残すのみである。けれどもバビロニアの数学は現在でも興味深いし、バビロニアの六十進法は天文学でいまだに使われている。しかし、決定的な実例は、もちろんギリシャの数学である。

ギリシャ人たちは、現代のわれわれの立場からも「本物」と言えるような初めての数学者であった。東洋の数学も好奇の対象かもしれないが、ギリシャ数学は本物である。ギリシャ人たちは、初めて現代の数学者が理解できるような言葉を語った。リトルウッドがかつて私に言ったように、彼らは優秀な生徒とか「奨学生候補」などではなく、「他のカレッジのフェロー」なのだ。それゆえギリシャ数学は、ギリシャ文学と比べてさえもなお「永遠」の存在だ。アイスキュロスが忘れられようともアルキメデスは記憶に留まり続けるだろう。言語は失われても数学上の観念は滅びないからだ。「不滅」とは愚かな言葉かもしれないが、それがいかなる意味であるにせよ、おそらく数学者はその言葉に最も近い存在である。

数学者はまた、後世の人々に不当な評価を受けることについて、深刻に恐れなくてよい。不滅の存在であることは、ときに馬鹿げていたり残酷だったりする。オグやアナニアスやガリオになりたいという者はまずいないだろう。数学においてさえ、歴史は時折奇妙ないたずらをする。初等微積分の教科書の中では、ロルはまるでニュートンに並ぶ数学者であるかのような姿をしている。ファレイが不滅の名を得たのは、ハロスがその14年前に完全な証明を与えた定理を理解できなかったからだ。ノルウェーの5人の名士はアーベルの伝記に名を残しているが、これは良心に基づく彼らの愚策ゆえである。職務に忠実であることで、自国の最高の偉人アーベルを犠牲にしたためだ。しかし概して言えば、科学の歴史は公平であるし、数学においては特にそうである。数学ほど学問的な基準が明確な、あるいは皆が基準を共有している分野はない。後世に記憶されている者は、そのほとんどすべてが記憶に値する者である。数学における名声は、対価として支払う金があるのなら、最も合理的で確実な投資の一つである。

9

以上のことは大学教授にとって、中でも数学の教授にとっては特に、心安らぐことだ。弁護士や政治家や実業家がときどき仄めかすのであるが、学者という仕事は、主に意気地がなく野心のない人間が、安心や安定を第一に考えて選ぶものだという言説がある。しかしこの非難は、かなり的外れである。たしかに大学教授は何物かを放棄している。特に、大金を手にする可能性を放棄している——実際のところ、教授が2,000ポンドの年収を得ることは非常に困難である。そしてその放棄を行うにあたり、大学教授の持つ終身在職権によって得られる安定は、当然、一つの理由ではある。しかしハウスマンは、サイモン卿やビーヴァーブルック卿になれる可能性を安定のために拒絶したのではない。ハウスマンは野心を持つがゆえに、20年も経たずに忘却されることに耐えられなかったために、彼らのするような仕事を拒絶したのである。

それでも、以上に述べように数々の有利な点があるにもかかわらず、なお失敗の可能性があることは、なんとも痛ましい。私はバートランド・ラッセルの語った恐ろしい夢のことを思い出す。時は西暦2100年頃、彼は大学図書館の最上階にいた。図書館職員が巨大な屑籠とともに書架を巡回する。職員は次から次に本を手に取り、一瞥して、それを棚に戻すか籠に放り込むか決めるのだ。その職員はついに大判の三巻本にたどり着いた。ラッセルは、それらが『プリンキピア・マテマティカ』の現存する最後の写しであるのを見て取った。職員はその一冊を開き、数ページをめくると、奇怪な記号の羅列にしばし混乱の表情を浮かべ、本を閉じ、決めかねる様子でそれを手のひらに載せるのであった……

10

数学者は画家や詩人と同じく、様式パターンを創る者だ。数学者の創る様式が画家や詩人の創るものよりも永続性を持つのだとすれば、それは数学者の様式が〈観念アイディア〉でできているからである。画家は様式を形や色彩によって創り、詩人は言葉によって創る。絵画は何らかの〈観念〉を表現する場合もあるが、それはありふれたものであることが多い。詩においては、観念はもっと重要な位置を占める。だが詩における観念の重要性は、ハウスマンが主張するとおり、しばしば誇張されている。「詩的観念なるものが存在するという意見に私は同意しかねる。……詩とは、そこで語られる何かではなく、いかにして語るかである。」

Not all the water in the rough rude sea
Can wash the balm from an anointed King.
(荒海の水を悉く傾け尽くしたとしても、
王の体に塗られた香油を拭い落すことなど出来はせぬ。)

これよりも見事な詩句があるだろうか。同時に、これよりも陳腐でこれよりも虚偽に満ちた観念があるだろうか。観念の貧弱さは、言語的様式の美にはほとんど影響していないようである。その一方で、数学者には観念のほかに扱うべき対象はなく、それゆえ数学者の様式は多くの場合、より長い寿命を持つのだ。観念は言葉よりもゆっくりと色褪せてゆくからである。

数学者の様式は画家や詩人のそれと同じく、〈美しい〉ものでなければならない。観念は色彩や言葉と同じように、互いに調和しなければならない。美は第一のテストである——醜悪な数学に永遠の地位は与えられない。そして私はここで、いまだ世間に膾炙する、ある誤解に触れなければならないだろう(20年前よりは相当ましにはなっているが)。ホワイトヘッドが「文学的迷信」と呼んだその誤解とは、「数学を愛することや美しいと評価することは、いかなる世代においても、少数の奇人だけの偏執的趣味である」というものだ

今や、教養を備えた人物が数学の美的魅力を感じ取らないということは稀であろう。数学的な美を定義することは非常に困難ではあろうが、それはいかなる種類の美についても同じことだ——私たちは美しい詩とは何かということを理解してはいないかもしれないが、だからといって美しい詩を読んで、その美しさを認識できないわけではない。ホグベン教授は数学の美的要素の重要性を矮小化しようと熱心だが、しかし彼でさえもそんな要素が存在することを否定しようとはしない。「確かに、冷たく非人間的な魅力を数学に感じ取る人々は存在する。……選ばれた少数の人々にとって、数学の美的魅力はまぎれもなく実在するものかもしれない。」だが彼は、そんな人々は「少数」で、そして「冷たい」心の持ち主だと(しかも、広大な土地に吹く爽やかな風から逃れるように、つまらない小さな大学町にこもっている実に愚かな人々なのだと)示唆する。そうして彼は、ホワイトヘッドの言うところの「文学的迷信」をただ繰り返すのだ。

しかし実際には、数学よりも「大衆向けの」学問はそうないのだ。多くの人々は、心地よい音楽を楽しめるのと同じように、数学にいくらかの楽しみを見出す。そしておそらく、音楽に対してよりも、数学に真剣な興味を抱く人のほうが多い。一見すると逆であるように思われるかもしれないが、それには簡単な理由がある。音楽と異なり、数学は集団的感情を刺激することには使えない。また、音痴であることは(間違いなく)いくぶん不名誉なこととみなされる一方で、多くの人は数学の名に恐れをなしているため、たいして気取ることもなく、自身の数学的無知を喧伝するのである。

「文学的迷信」の愚かしさを示すには、ほんのわずかな考察で十分である。すべての文明国には、多くのチェス・プレイヤーがいる——ロシアでは教育を受けた人口のほとんどすべてがそうである。そしてチェス・プレイヤーはみな、〈美しい〉対局やチェス・プロブレムをそうと認識し、鑑賞することができる。チェス・プロブレムは単なる純粋数学の練習問題にすぎないにもかかわらず(対局は完全にそうとは言えない。心理戦の側面もあるからだ)、皆がプロブレムの持つ数学的な美しさを讃えるのだ。その美しさは比較的低級なものであるにしても。チェス・プロブレムは、数学の賛美歌である。

ブリッジについて同じ考察をすれば、さらに低級ではあるが、より多くの人々にあてはまる。もっとレベルを落とすならば、大衆新聞のパズル欄でもよい。それらの絶大な人気が何に向けられているのかといえば、それはほぼ初歩的数学の魅力に対してなのであって、デュドニあるいは「カリバン」のような腕利きのパズル作家が利用しているのは、ほとんどそれだけである。彼らは心得ている——大衆が欲しているのはちょっとした知的快感であり、その快感を数学ほどもたらすものはないということを。

こんなことを付け加えてもよいかもしれない。すでに名を遂げた者をも(そして過去に数学を蔑む言葉を吐いた者でさえをも)上機嫌にさせるのに、彼が本物の数学の定理を発見すること、または再発見すること以上のものはない。ハーバート・スペンサーは自伝の中で、彼が20歳のときに証明した円に関する定理について再び書いている(それがプラトンによって二千年以上も前に証明されていたことも知らずに)。ソディ教授は、もっと最近の、もっと著しい例である(しかし彼の定理は実際に彼自身のものだ)

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チェス・プロブレムは本当の数学には違いないが、ある意味で「つまらない」数学である。どんなに精妙な問題であっても、どんなに独創的な手順からなっていても、何か本質的なものが欠けている。チェス・プロブレムは重要でないのだ。最高の数学は美しいと同時に〈真剣〉なものである。「重要」という語を使ってもよいが、この言葉は非常に曖昧であって、「真剣」と言ったほうが私の意図を適切に表している

私はここで数学の「実際的」な帰結を問題にはしていない。この点には後でまた触れねばならないが、とりあえず次のようにだけ述べておこう。もしチェス・プロブレムを露骨な意味で「無益」と言うならば、それは最高の数学のほとんどについてもまったく同様である。実際的な意味で役に立つ数学はごくわずかしかなく、そのわずかな数学は相対的に言ってつまらない。数学の定理の〈真剣さ〉は、実際的な帰結にあるのではなく——それは通常無視してよい——それが結びつける数学的観念の〈意義〉にあるのである。大雑把に言えば、ある数学的観念が〈意義深い〉というのは、目を見張るほど自然な方法によって、他の数学的観念のなす大きな複合体に結びつけられることだ。こうして真剣な数学の定理、すなわち意義ある諸観念を結びつける定理は、しばしば数学そのものや他の科学における重要な進展をもたらす。どんなチェス・プロブレムも、科学的思考の全体的な発展に寄与したことはない。一方でピタゴラス、ニュートン、アインシュタインは、それぞれの時代において科学的思考の方向性を全面的に変えたのだ。

ある定理の真剣さは、もちろんその帰結のうちにあるわけではない。帰結は真剣さの単なる証拠にすぎない。シェイクスピアは英語の発展に巨大な影響をもたらした。オトウェイの影響は無きに等しい。しかし、それゆえにシェイクスピアのほうが優れた詩人であるわけではない。シェイクスピアがより優れた詩人なのは、彼がより良い詩を書いたからだ。チェス・プロブレムが格下なのは、オトウェイの詩と同じように、その帰結のためではなく、内容に由来する。

もう一つ、ごく軽く触れておきたいことがある(ごく軽く、というのは、つまらないことだからではなくて難しい点だからであり、私には美学における真剣な議論をするだけの十分な資格がないからなのだが)。数学の定理の美しさはその真剣さに大きく依存している。詩においてさえ、ある一行の美しさが、そこに含まれる観念の重要性にある程度まで依存するように。私は前に、純粋な言語的様式の美しさの例として、シェイクスピアの詩から2行を引用した。しかし

After life's fitful fever he sleeps well
(生きる不安の発作からのがれ、静かに眠っているのだ)

はもっと美しく感じられる。様式は同程度に素晴らしい。そして今度は、観念に意義があり、主題がしっかりしており、それゆえに私たちの感情はより深く揺り動かされるのだ。詩においてさえ観念は様式にとって重要なのであり、当然のこととして、数学においてはもっと重要である。しかしこの問題を深追いしようとすべきではないだろう。

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そろそろ明らかなように、さらに歩を進めようと望むならば、私は数学者の誰もが一級品と認めるような「本物の」数学の定理の例を挙げなくてはならない。そして私は、この本が従うべき制約のためにとても不利な状況に置かれている。一方では、私の提示する例はごく単純で、専門的な数学の知識を持たない読者にもわかりやすいものでなければならない。前提知識を長々と説明する必要があってはならず、しかも読者が定理の主張だけでなく、証明をもたどることができなければならない。これらの条件によって、たとえばフェルマーの「二つの平方数」定理や平方剰余の相互法則といった、数論における最も美しい定理の多くが除外される。しかしもう一方では、私の例はとびきりの数学、研究に取り組む専門の数学者の手になる数学から引いてこなければならない。この条件によって、比較的説明しやすいが論理学や数理哲学の領域にはみ出すような多くの定理が除外される。

ギリシャ人たちへと戻る以外の手は思いつかない。私はギリシャ数学における二つの著名な定理を述べ、証明を与えよう。これらは観念と外見の両面において「単純な」定理であるが、しかし最高級の定理であることに疑いはない。いずれも発見されたときと同じように新鮮で意義深く、二千年の歳月によっても皺一つ刻まれていない。それに、これらの定理はその主張も証明も、聡明な読者には、どんなに数学的素養が乏しくとも、一時間もかからずに理解できる。

(一)第一の例は、ユークリッドによる素数が無限に多く存在することの証明である。

「素数」とは、

(A) 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, ...

という、それ以上約数の積に分解できない数である。したがって37や317は素数である。素数は、それらをもとにすべての数が乗法によって組み立てられるような素材である。つまり$666=2\cdot 3\cdot 3\cdot 37$といったことだ。それ自身が素数でないようなすべての数は、少なくとも一つの(もちろん、通常はいくつかの)素数で割り切れる。われわれがすべきことは、無限に多くの素数があることの証明である。すなわち、数列(A)には終わりがないということである。

この数列に終わりがあると仮定して、

2, 3, 5, ..., $P$

がその完結した素数の列であるとしよう(よって$P$が最大の素数である)。そしてこの仮定のもとで、

$Q=(2\cdot 3\cdot 5\cdot\dots\cdot P)+1$

という式で定義される数$Q$を考える。$Q$が2, 3, 5, $\dotsc$, $P$のいずれでも割り切れないことは明らかである。なぜなら、これらのどの数で割っても余りが1となるからである。しかし、$Q$自身が素数でなければある素数によって割り切れるはずだから、$P$までの素数よりも大きな素数が存在する(それは$Q$自身かもしれない)。これは$P$よりも大きな素数がないとしたわれわれの仮定と矛盾する。したがってこの仮定は誤りである。

以上の証明は「背理法」によるものであって、ユークリッドが特に好んだこの方法は、数学者の最高の武器の一つだ。これはチェスの序盤戦のどんな定跡よりもはるかに洗練されている。チェス・プレイヤーはポーンやもっと強い駒を犠牲として差し出すことがあるが、数学者は対局そのものを差し出すのである。

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(二)私が第二の例として挙げるのは、ピタゴラスによる$\sqrt{2}$の「無理数性」の証明だ。

「有理数」とは整数$a$, $b$によって与えられる分数$\dfrac{a}{b}$のことである。$a$と$b$に共通の約数はないと仮定してよい。なぜなら、もしあれば取り除くことができるからである。「$\sqrt{2}$が無理数である」というのは、2が$\left(\dfrac{a}{b}\right)^2$という形に表されないことの言い換えにすぎない。これはまた、方程式

(B) $a^2 = 2b^2$

が共通の約数を持たない整数$a$, $b$によって満たされることはないということでもある。これは純粋に算術の定理であって、「無理数」についての知識はいらないし、無理数の性質についてのいかなる理論を用いる必要もない。

われわれは再び背理法によって議論する。(B)が正しいと仮定しよう——ここで整数$a$, $b$は共通の約数を持たないとする。(B)から$a^2$が偶数であることが従い($2b^2$は2で割り切れるから)、ゆえに$a$は偶数である(奇数の平方は奇数だからだ)。$a$が偶数なのだから

(C) $a=2c$

となる整数$c$がある。そうすると

$2b^2 = a^2 = (2c)^2 = 4c^2$

すなわち

(D) $b^2 = 2c^2$

となる。こうして$b^2$が偶数とわかり、ゆえに(前と同じ理由によって)$b$は偶数である。まとめると、$a$と$b$はともに偶数で、共通の約数2を持つ。これはわれわれの仮定に矛盾し、よって仮定は誤りである。

ピタゴラスの定理により、正方形の対角線は一辺と通約不可能である(つまりそれらの比は有理数でないということで、言い換えると両者は共通の単位の整数倍としては表されない)。なぜなら一辺を長さの単位としてとり、対角線の長さを$d$とすると、これもピタゴラスに帰せられるよく知られた定理によって

$d^2=1^2+1^2=2$

である。したがって$d$は有理数ではあり得ない。

数論からは、その意味だけなら誰もが理解できるような素晴らしい定理を、いくつでも引用することができる。たとえば、「算術の基本定理」と呼ばれる、どんな整数も素数の積にただ一通りのやり方で分解できるという定理がある。つまり$666=2\cdot 3\cdot 3\cdot 37$であり、他の分解の仕方はない。$666=2\cdot 11\cdot 29$とか$13\cdot 89=17\cdot 73$などということはあり得ない(また、それが実際に積を計算しなくてもわかる)。この定理は、その名が示すように、より高級な算術の基礎となる。しかし証明は、「難しい」わけではないが、多少の準備が必要で、非数学者の読者には退屈に感じられるかもしれない。

フェルマーの「二つの平方数」定理という有名な美しい定理もある。素数は(特別な素数2を無視すれば)二つの種類に分けられる。4で割って1余る素数

5, 13, 17, 29, 37, 41, ...

と4で割って3余る素数

3, 7, 11, 19, 23, 31, ...

である。第一の種類に属する素数は二つの整数の平方の和として表すことができ、第二の種類に属する素数は決してそのようには表されない。つまり

$5=1^2+2^2$, $13=2^2+3^2$

だが、3, 7, 11, 19はそのようには表されない(総当たりにより読者にも確かめられよう)。このフェルマーの定理は算術の最も素晴らしい定理の一つと考えられており、それは正当なことだ。残念ながら、数学の専門家以外に理解可能な証明はない。

「集合の理論」(Mengenlehre)にも、連続体の「非可付番性」に関するカントールの定理のような美しい定理がある。今度はこれまでと正反対の難しさがある。その証明は、いったん言語を習得しさえすれば十分にやさしい。しかし定理の意味を明らかにするために、かなりの説明が必要となる。だからもう、これ以上例を挙げようとするのはやめよう。すでに挙げた例は試金石の役割を果たす。これらの良さがわからない読者は、数学のいかなる良さもわからないと思われる。

私は、数学者とは観念の様式をつくる者であり、その様式は美しさと真剣さの観点から判断されるものだと述べた。先ほどの二つの定理を理解した者が、これらの定理がそのテストに合格することに疑いを挟むことは、私には想像できない。もしこれらを、ドュドニのもっとも巧妙なパズルとか、その道の大家がつくった最高のチェス・プロブレムと比較するならば、二つの定理の優位性は、どちらの観点からもはっきりしている。そこには紛れもない格の違いがある。これらの定理のほうが遙かに真剣であり、遙かに美しい。その優位性がどこにあるのか、もう少しくわしく見極めることができるだろうか。

14

第一に、〈真剣さ〉の観点において二つの数学の定理が優位にあることは明らかで、その差は圧倒的ですらある。チェス・プロブレムは、独創的ではあるがごく限られた観念の組み合わせにすぎず、それらの観念は互いに根本的に異なるということはないし、他分野への影響も持たない。仮にチェスが発明されていなかったとしても、われわれの思考の仕方に変わりはないだろう。しかしユークリッドやピタゴラスの定理は、数学の枠を超えて、われわれの思考に深く影響している。

かくしてユークリッドの定理は、算術という構造物の要である。素数は算術を築き上げるための素材であり、ユークリッドの定理は算術の建築のために大量の素材が用意されていることを保証している。しかしピタゴラスの定理はもっと幅広い応用を持ち、より実りある議論の対象となる。

まず注目すべきは、ピタゴラスの議論がより長い射程を持つ拡張に耐えること、その仕組みをわずかに変更するだけで非常に多種多様の「無理数」に適用できることである。われわれはほとんど同じ方法によって

$\sqrt{3}$, $\sqrt{5}$, $\sqrt{7}$, $\sqrt{11}$, $\sqrt{13}$, $\sqrt{17}$

が無理数であることを(テオドロスがやったと見られるように)証明できるし、また(テオドロスの到達点を超えて)$\sqrt[3]{2}$や$\sqrt[3]{17}$が無理数であることも証明できる

ユークリッドの定理は、われわれが整数の算術体系を明快な形で構築するのに十分な素材があることを示している。ピタゴラスの定理とその拡張は、そのような算術体系を構築しても需要に対して十分とは言えず、われわれの注意を惹く測り得ない量がたくさんあることを意味している。正方形の対角線は最も単純な例である。ギリシャの数学者たちは、この発見が深い重要性を持つことを直ちに認識した。彼らは初め(おそらく「常識」のもたらす「自然な」原理に従って)同種のすべての量は通約可能であること、たとえばどんな二つの長さもある共通単位の倍数であることを仮定し、その仮定に基づいて比例関係の理論を構築した。ピタゴラスの発見はこの基礎の不安定さを明らかにし、ユードクソスによるさらに深い理論をもたらした。この『原論』の第V巻に述べられている理論は、現代の多くの数学者によってギリシャ数学の最高到達点と考えられている。ユードクソスの理論はその精神において驚くほど現代的なものであって、数学解析の革命をもたらし、近年の哲学にも大きな影響を与えた現代的な無理数論の、その始まりと考えることもできる

そういうわけで、二つの定理の〈真剣さ〉に疑いはない。これらの定理に〈実際上の〉重要性が全くないことは、したがって指摘に値する。実際上の応用においては、私たちは比較的小さな数のみを問題にする。天文学と原子物理学のみが「大きな」数を扱うが、これらの学問の持つ実際の重要性は現在のところ、最も抽象的な純粋数学と比べて、ほんのわずかに大きいにすぎない。私は技術者が必要とする精度が最高でどのくらいであるか知らない——10桁もあれば十分であろう。すると

3.14159265

($\pi$の小数点以下8桁までの値)とは10桁の数の比

$\displaystyle\frac{314159265}{1000000000}$

である。1,000,000,000より小さい素数は50,847,478個ある。それで技術者にとっては十分であり、残りの素数がなくたって彼は満足なのである。これでユークリッドの定理についての議論は完了した。そしてピタゴラスの定理については、無理数が技術者の興味の対象外なのは明らかなことである。なぜなら彼の関心事は近似のみであり、すべての近似は有理数だからだ。

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〈真剣な〉定理とは、〈重要な〉観念を含むような定理のことを指す。したがって、数学的観念を重要なものたらしめる特質について、もう少し詳しい分析を試みるべきなのだろう。しかしこれは極めて難しいことで、あまり価値のない分析しか私には与えることができそうにない。私たちは、試金石として挙げた二つの定理についてそうであるように、〈重要な〉観念は、見るだけでそうと認識できる。だがその認識能力を得るには相当に高度な数学的洗練が必要だし、長い年月を数学的観念とともに過ごすことによってしか得られない種類の慣れもまた、相当なレベルが要求される。やはり私は何らかの分析を試みなければなるまい。そして十分とは言えないにしても、ある程度は堅固で明晰な分析を与えることが可能に違いない。とりあえず、本質的と思われるものが二つある——ある種の〈一般性〉と、ある種の〈深さ〉だ。しかしいずれの特質も、正確に定義するのはまったく容易ではない。

重要な数学的観念、真剣な数学の定理は、次に述べる意味で〈一般性〉を持たねばならない。それに該当する数学的観念は、さまざまな数学的構成物の構成要素でなければならず、多種多様な定理の証明に用いられなければならない。それに該当する数学の定理は、最初はかなり特殊な形で述べられたとしても(ピタゴラスによる定理のように)、大幅な拡張の可能性を持ち、同種の定理群における典型的な存在でなければならない。その証明によって明らかにされる諸関係は、数多の異なる数学的観念を結びつけるものでなければならない。今述べたことは非常に曖昧で、多くの但し書きを必要とする。しかし、これらの特質を顕著に欠いていればその定理の真剣さが疑わしいということを見て取るのは簡単だ。算術の分野には孤立した疑問にしか関係しないような定理がたくさんあるから、そこから例を取ればよい。ここではラウズ・ボールの『数学的娯楽』から、ほとんど気まぐれに二つの例を引いてこよう。

(ア)4桁の数のうちで、 8712と9801だけがその「反転」の整数倍になっている。つまり

$8712 = 4\cdot 2178$, $9801 = 9\cdot 1089$

であり、10,000未満の数で同じ性質を持つものは他に存在しない。

(イ)その各桁の3乗の和に等しい数が(1より後には)4個だけある。すなわち

$153 = 1^3 + 5^3 + 3^3$, $370 = 3^3 + 7^3 + 0^3$,
$371 = 3^3 + 7^3 + 1^3$, $407 = 4^3 + 0^3 + 7^3$

ということである。

これらの事実は奇妙なことではあって、パズル欄にはもってこいだろう。きっと素人の読者を楽しませることはできる。しかし、数学者の強い興味を惹くものは何もない。証明は難しくもないし興味深くもなくて、単に少々面倒なだけである。これらの定理には真剣さがない。その明らかな理由の一つは(最も重要なものではないかもしれないが)、定理の主張および証明がいずれも極端に特殊であって、いかなる重要な一般化も許さないことである。

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〈一般性〉というのは曖昧で、いくぶん危険な言葉でもあるから、われわれの議論の中にあまり大きな位置を占めることのないよう気をつけなければならない。この言葉は数学においても数学に関する著作の中でもさまざまな意味で用いられているが、その中には、論理学者たちが特に強調するのはまったく正当なことではあるのだけれども、しかし今は完全に関係がないような意味もある。この意味はとても簡単に定義できる。またそれに基づくと、すべての数学の定理は等しく完全に〈一般的〉である。

ホワイトヘッドは、「数学の確かさとは、その完全な抽象的一般性に依拠している」と述べている。われわれが$2+3=5$と主張するとき、われわれは3グループの「もの」の持つ関係性を主張している。それらの「もの」とはリンゴというわけでもなく硬貨というわけでもなく、どんな特定のものというわけでもなく、単なるものであり、何でもいい「もの」なのだ。上の主張の意味は、グループの構成要素の個別性からは完全に独立である。「2」、「3」、「5」、「$+$」、「$=$」といったすべての数学的な「対象」、「存在」、「関係」は、またそれらが現れるすべての数学的命題は、完全に抽象的だという意味において完全に一般的である。ホワイトヘッドの言葉には過剰な一語があったと言える。なぜなら、この意味での一般性というのは、抽象性そのものだからだ。

〈一般性〉という語のこの意味は重要だし、論理学者が強調するのはまったく正しい。というのは、この意味は、知を愛する多くの人々が忘れがちなある自明の理を表現しているからだ。たとえば、天文学者や物理学者は、現実の宇宙が特定の振る舞いをせねばならないことについて「数学的証明」を得たとしばしば主張する。そのような主張はすべて、文字通りに解釈するならば、完璧に無意味である。日食が明日起こることを数学的に証明するのは原理的に不可能である。なぜなら日食は、あるいは物理現象は一般に、数学の抽象的世界を形作る要素ではないからである。このことは、たとえ彼らがどれほどの日食を正確に予言してきたとしても、どんな天文学者も認めざるを得ないことだと私は思う。

しかし、われわれが今この種の〈一般性〉を問題にしているのでないことは明らかだ。われわれは複数の数学の定理の間にある一般性の違いを見出そうとしているのであって、ホワイトヘッドの意味ではそれらは同程度に一般的である。「自明な」定理として15節に挙げた(ア)と(イ)は、ユークリッドやピタゴラスによる定理とまったく同じだけ〈抽象的〉あるいは〈一般的〉だし、チェス・プロブレムについても同様である。チェス・プロブレムにおいて、駒が白と黒なのかまたは赤と緑なのかとか、物理的な「駒」の存在といったことは意味を持たない。熟練者が簡単に頭の中に納められるものと、私たちが盤の助けを借りて苦労して再現しなければならないものは、同じ問題なのである。盤と駒は私たちの鈍重な想像力を刺激するための道具にすぎない。それらは、数学の講義に登場する定理にとって黒板とチョークがそうであるのと同程度にしか本質的なものではない。

今われわれが着目しているのは、すべての数学の定理に備わっているこの意味の一般性ではなくて、もっと繊細でとらえどころのない種類の一般性である。私はそれを、15節において粗い言葉で説明しようとしたのだ。そしてわれわれはこの種類の一般性にも、必要以上に重きを置かないよう注意しなければならない(ホワイトヘッドのような論理学者たちは、その弊に陥りがちだと私は思う)。現代数学の達成した素晴らしい成果というのは、単なる「巧妙な一般化の上に巧妙な一般化を積み重ねたもの」ではない。ある程度の一般性は一級品の定理には付き物だが、過度の一般性は必然的に無味乾燥さをもたらす。「あらゆるものはそれ自身であって、他のものではない」。ものごとの差異は、それらの類似と同じくらい興味深い。私たちは友人を、好ましい人間的特質をすべて備えているから選ぶのではなく、彼らが、彼らがそうであるような人間であるから選ぶのだ。数学においても同じである。過度に多くの対象が共有するような性質というのは、たいして面白くないことが多い。そして数学的観念も、十分な個性がなければ焦点の合わないものになってしまう。ともあれ、ホワイトヘッドの文句の中には、私の考えに沿ったものもある。「実りある概念というのは、幸福な特殊性によって制限される大きな一般性である」

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重要な観念について私が課した第二の特質は〈深さ〉だったが、その定義を与えるのはさらに困難である。これは〈難しさ〉といくらか関係がある。通常、〈深い〉観念は理解するのが難しい。しかしそれらは同じというわけでは全然ない。ピタゴラスによる定理とその一般化の根底にはそれなりに深い観念があるが、それを難しいと感じる現代の数学者はいないだろう。一方で、本質的には表面的でしかないのに、証明はなかなか難しい定理もある(多くの「ディオファントス型」の定理、すなわち方程式の整数解についての定理がそうであるように)。

私には、数学的観念は層をなしているように思われる。各々の層に属する観念は、その層および上下の層に属する観念との関係性のなす複合体によって、他と結ばれているのである。低層に行けば行くほど、観念は深くなる(そして一般的には難しくなる)。かくて「無理数」の観念というのは整数の観念よりも深い。それゆえ、ピタゴラスの定理はユークリッドの定理よりも深い。

整数たちの間の関係性、もしくはある特定の層に属する対象の間の関係性に注目しよう。するとある関係性は、たとえば整数のある性質は、より低層の内容に関する知識にまったく依存せずに、完全に理解できたり、認識したり証明したりできるということも起こる。そうして、ユークリッドの定理は整数の性質のみの考察から証明されたのだ。しかし整数に関する定理の中には、もっと深く掘り進んで低層での現象を考えなければ正しく鑑賞できず、まして証明することもできないものもたくさんある。

そういう例は、素数の理論において容易に見つかる。ユークリッドの定理はとても重要だが、さほど深いわけではない。無限に多くの素数の存在を証明するのに「整除性」より深い概念は必要ない。しかしこの問題に対する答えを知った瞬間に、新たな問題群が首をもたげる。素数は無限に存在するが、その無限はどう分布するだろうか。大きな数$N$が、たとえば$10^{80}$とか$10^{10^{10}}$といった数が与えられたとき、その$N$より小さな素数はどれくらいあるだろうかこれらを問題とするとき、われわれは自分たちがまったく異なる場所にいることを知る。われわれはそれらの問題に、驚くほどの正確さをもって答えることができる。しかしそれは、ずっと深く掘り進んで、いったん整数たちよりも低層に達し、現代的な関数論という最強の武器を使うことでなされる。それゆえ、われわれの問題の答えを与える定理(いわゆる「素数定理」)は、ユークリッドやピタゴラスのものよりもずっと深い定理である。

もっと例を挙げることもできるが、〈深さ〉の概念はそれを認識できる数学者にとってもとらえどころがないのであり、これ以上私がそれについて何か言ってみても、それ以外の読者にとって大きな助けになるとは思われない。

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私は11節において〈真の数学〉とチェスとの比較を始めたわけだが、そこで触れたきりになっている問題がもう一つあった。われわれは今や、その実質、真剣さ、重要性の面において、真の数学の定理は圧倒的な優位性を持つということを前提としてよいだろう。そして、訓練された知性にとっては、数学の定理が美の面においてさえ優位性を持つことも、ほとんど同様に明らかである。だがこの優位性を定義したりその在処を見極めることはたいへん難しい。というのは、チェス・プロブレムの主要な欠陥は単なる〈自明さ〉であり、その点における差異がもっと純美学的な差異と混同され、判断が惑わされるからである。ユークリッドやピタゴラスのものに類する定理に見られる〈純美学的〉な特質とは何だろうか。私は断片的な二三の指摘をするにとどめる。

二つの定理には(ここで私は、当然ながらそれらの証明をも含めている)、いずれにも非常に高度な〈意外性〉があり、また〈必然性〉、〈効率性〉もある。二つの定理の論理展開は、思いもよらない奇妙な形をしている。使われている武器は、それらの結果の持つ長い射程と比べると、ひどく子供じみた単純なものに思われる。しかし結論は必然であって、逃げ場はないのだ。議論に入り組んだところはない——いずれの定理も一撃で陥落する。このことは、もっと遙かに難しい多くの定理についても、それを鑑賞するにはそれなりに高度な技術的訓練が必要になるが、同様なのである。私たちは数学の定理の証明において、〈変奏〉がいくつも現れることを好まない。〈総当たり法〉は、いかにも、退屈な数学的議論の形態の一つである。数学の証明は、単純でくっきりとした星座のようなものであるべきで、天の川にまぎれたぼんやりした星屑の集まりであってはならない。

チェス・プロブレムにも意外性はあるし、ある種の効率性もある。つまり、各々の手に驚きがあることや、すべての駒が何らかの役割を果たすことは不可欠である。しかしチェス・プロブレムの持つ美学的効果は集積的なものである。(そのプロブレムがあまりに単純でつまらないものでない限り、)要となる一手の後には多くの良い手筋が存在していて、各々の手筋が個別の対応法を持つべきである。「もしPポーン-B5ならばKtナイト-R6、もし○○ならば○○、もし○○ならば○○」といった具合に。対応法があまり分かれないのなら、美学的効果は損なわれる。これらは本物の数学には違いないし、それなりの美点もある。だがこれは、あの〈総当たりによる証明〉であって(しかも場合分けで現れる各々の状況が根本的にはたいして異なってはいない)、真の数学者が軽蔑する傾向にあるものである。

以上の議論は、私には、チェス・プレイヤー自身の感情によっても補強されるように思われる。名対局名棋戦を残してきたチェス・マスターと呼ばれるようなプレイヤーは、本心ではチェス・プロブレム作家の純数学的創作を蔑んでいるに違いない。彼は自分の中にそういった創作をたくさん秘めていて、いざとなれば顕示することもできる。「彼がこうしてこう動いていたら、私はこうしてこういう勝ち筋を描いていた」。しかしチェスの「名対局」とは、第一に精神的なものである。訓練された知性同士の激突であり、ただのちっぽけな数学的定理の集まりではないのだ。

19

そろそろオクスフォードでの弁明に立ち戻り、6節で後回しにしたいくつかの点を、もう少し丁寧に検討しなければならない。これまでの内容から、数学の創造的芸術としての側面だけに私の関心があることは明らかだろう。だが、他にも考察すべき問題はある。特に数学の〈有用性〉(あるいは非有用性)は取り上げられるべきである——これを巡る議論には混乱が見られるからだ。われわれはまた、数学がはたして実際のところ、私がオクスフォードでの講演で前提とした程度に〈無害〉なものなのかという点についても考えねばならない。

科学あるいは芸術の一つの分野は、その発展が、たとえ間接的にであれ、人間の物質的繁栄に寄与したり幸福を生み出すならば、〈有用〉であると言うことができよう。ただしここでは「幸福」という語を、浅薄で平凡な用法で用いている。そうすると、医学や生理学は苦しみを和らげるので有用だし、工学は家や橋を造り生活水準を上げる助けになるので有用だ(もちろん工学は害をなすこともある。しかし、目下それは問題としていない)。さて、ある種の数学は、確かにこのような形で有用である。技術者の仕事は数学の実際的知識をかなり持たないことには成り立たないし、生理学においてさえ数学は応用されつつある。したがってわれわれは、これを数学の弁護のための根拠とすることができる。この根拠は最良ではないかもしれないし、非常に良いとさえも言えないかもしれないが、一考すべきものではある。より〈高尚な〉数学の利用法、つまりすべての創造的芸術と共通する利用法は、そういうものが存在するとしても、ここでの考察とは無関係である。数学は、詩や音楽がそうであるように、「精神の気高さを促進し維持する」。そうして数学者の幸福や、さらにその他の人々の幸福をも増大させる。だがそれを根拠とする数学の弁護とは、私がこれまで言ってきたことを詳述することでしかない。今考えるべきことは、数学の〈浅薄な〉有用性である。

20

それはすべて自明だと感じられるかもしれないが、それでもしばしば多くの誤解が生じている。というのは、特別に〈有用〉な学問といっても、それは多くの場合、ほとんどの人にとっては身につけても仕方がないものでしかないからだ。十分な人数の生理学者や技術者の供給は有用である。だが生理学や工学という学問を身につけることは、一般人にとって有用ではない(もちろん、それを学ぶことは他の根拠によって弁護され得るが)。私個人について言えば、純粋数学以外では、自分自身のそういった科学的知識が役に立ったことは、ただの一度もなかった。

科学的知識が一般人にとっていかに実用的価値のないものか、大きな実用的価値を持つものがいかに退屈で平凡なものであるか、実用的価値がいかに名声の高さと相反するかについては、まったく驚くべきものがある。一般的な算術へのある程度の慣れは有用である(かつ、もちろんそれは純粋数学である)。いくらかのフランス語やドイツ語、いくらかの歴史と地理の知識も有用だし、あるいはいくらかの経済学の知識さえもそうだろう。しかし、いくらかの化学、物理、生理学を知っていても、普通に生活を送る上では何の価値もない。私たちはガスの成分を知らずとも、それが燃焼することを知っている。車が故障したら、修理屋に持っていく。胃の調子が悪ければ、医者にかかるか薬局に行く。私たちは、経験知や他者の専門知によって生きているのである。

だがこれは脇道に逸れた話で、一種の教育論にすぎず、そんなものに興味を示すのは、息子に〈有用〉な教育を与えよと叫ぶ親を諭さねばならない教師だけだろう。われわれは当然、生理学が有用だと言うとき、人はみな生理学を学ぶべきだということではなく、ごく少数の専門家による生理学の発展が多くの人々の生活を快適にすることを主張するのである。今、われわれにとって重要な問題は、数学がこの種の有用性をどれだけ主張できるか、どんな数学がそれを強く主張できるか、徹底的な数学の研究が、数学者の知るそれがということだが、この根拠のみによってどこまで正当化されるかである。

21

私の進む先にある結論は、今や明らかであろう。そこでまず結論を独断的に述べ、それからいくらかの説明を試みよう。初等数学の大部分が、実際的な有用性をかなり持つことは否定できない(ここでの「初等」という語の用法は、専門的数学者のそれである。つまり、たとえば微分法や積分法に関する相当程度の実際的知識を含む)。これらの数学は、総じて退屈なもので、最も美学的価値の乏しい部分にすぎない。〈真の〉数学者による〈真の〉数学は、つまりフェルマー、オイラー、ガウス、アーベル、リーマンの数学は、ほとんど全然〈有用でない〉(これは「純粋」数学の場合でも「応用」数学の場合でもそうである)。いかなる本物の専門的数学者の人生も、彼の仕事の〈有用性〉を根拠として正当化されることはない。

だがここで、ある誤った認識について触れておく必要がある。ときどき仄めかされる言説として、純粋数学者は自身の仕事の非有用性を誇りとしており、それが実際的応用を持たないことを鼻に掛けているというものがある。この非難はしばしば、ガウスのものと伝えられるある不用意な発言に基づいてなされる。曰く、数学が科学の女王であるならば、数論はその最高の非有用性によって数学の女王である——私は正確な原文を見つけることができていない。だがこのガウスの発言(本当に彼のものだとして)は、ひどく誤解されてきたものと私は確信する。もしも数論が、何らかの実際的で、かつ明らかに称賛されるべき目的で応用されるならば、つまり生理学やあるいは化学にさえも可能であるように、人々を幸福にしたり彼らの苦しみを和らげることに直接用いられるならば、ガウスも他の数学者も、その応用をけなしたり遺憾なものとするほど愚かではないはずだ。しかし、科学は善ばかりではなく悪のためにも用いられる(もちろん、戦争のときには特にそうである)。ガウスや彼に劣る数学者たちは、人間の通常の生活から遠く離れているがゆえに穏やかさと清潔さを保つ科学がともあれ存在すること、しかも彼らの専門分野がそれであることを歓んでも許されるであろう。

22

もう一つの誤解についても守りを固めておく必要がある。「純粋」数学と「応用」数学の間に有用性の面で大きな違いがあると考えるのは、ごく自然なことであろう。だが、これは思い違いである。これら二種の数学には、すぐに説明するように明確な区別があるが、その差異は有用性にはまったく関係しない。

純粋数学と応用数学はどのように異なるのだろうか。これは明確に答え得る問いであり、数学者の間では一般的にいって意見は一致している。私の答えに常識外れな点はまったくないが、しかし、少々の前置きが必要である。

次節からの2つの節は、いくぶん哲学的な趣のあるものとなる。その哲学は深みには達しないし、私の主要な主張にとって不可欠なものでもない。だがこれから、日常的に使われている語句を明確な哲学的含意とともに用いるので、その用法を説明しておかないと、読者の混乱を招く恐れがある。

私は〈真の〉という形容詞をしばしば用いてきたが、その使い方は日常会話と同様であった。〈真の詩〉や〈真の詩人〉という表現をしたかどうかわからないけれども、これまでに出てきた〈真の数学〉や〈真の数学者〉はそれと同じである。そしてこの用法は引き続き使う。その一方で私は、〈現実〉という言葉をも用いる。しかも、二つの異なる意味合いでそうする。

まず、私は〈物理的現実〉という表現をするが、この「現実」というのは、再びいつも通りの意味である。つまり、物理的現実というのは物質世界のことを指す。昼と夜、地震と日食の世界、物理的科学が説明しようとする世界である。

この時点では、読者は私の言葉遣いに苦労しないと思う。しかし難しい領域へとだんだん近づいている。私にとっては、また多くの数学者にとってもそうだと思うのだが、これとは別の現実が存在する。それを私は〈数学的現実〉と呼ぶ。数学的現実の性質については、数学者の間にも哲学者の間にも、いかなる共通の合意も存在しない。ある者はそれを〈心的〉なものと捉え、何らかの意味でわれわれが構築するものだと考えるが、別の者はそれは外部に存在して、われわれとは独立なものだとする。数学的現実について説得力のある説明を与えることができたとしたら、それは形而上学の最も困難な問題の多くを解決したということに他ならない。もしそれに物理的現実の説明をも含めることができたなら、難問のすべては解決されたことになる。

これらの問題に取り組むことは、たとえ私にそれに見合う力量があったとしてもここで望むべきではないが、つまらない誤解を防ぐために、私自身の立場を独断的に述べておこう。私は数学的現実が、われわれの外部にあると信じている。われわれの役割はそれを発見あるいは観察することであり、われわれが証明し、われわれが自らの「創造物」だと仰々しくも述べる定理は、われわれの観察の記録にすぎないと考える。これはプラトンを初めとする数多の名高い哲学者がさまざまな形で採用してきた見解であり、私の言葉遣いはその見解を採用する者にとって自然なものである。この哲学を受け入れない読者は、言葉遣いを変更すればよい。結論にはほとんど影響がない。

23

純粋数学と応用数学の差異は、おそらく幾何学において最も明瞭に表れる。純粋幾何学と呼ばれる科学の分科があり、その対象には射影幾何学、ユークリッド幾何学、非ユークリッド幾何学といった多様な幾何学が含まれる。各々の幾何学はいずれもモデルであって、観念のなす様式であり、その様式の興味深さや美しさによって評価されるべきものである。それは多数の人々の共同作業によって作られる地図あるいは描写であり、不完全な(しかしそれが及ぶ範囲においては正確な)数学的現実の断片である。だが今のわれわれにとって重要なことは、純粋幾何学がそれを描写していないものが,少なくとも一つあるということだ。つまり、物理的世界の時空的現実である。そのことは明らかであって、疑う余地はない。なぜならば、地震や日食は数学的概念ではないからだ。

これは部外者には逆説的に感じられるかもしれないが、幾何学者にとっては自明の理だ。次のような説明が理解の助けになるかもしれない。私が幾何学のある体系、たとえば普通のユークリッド幾何学の講義をしているとしよう。聴衆の想像を掻き立てるため、私は黒板に図を描く。直線や円や楕円の大雑把な図である。まずはっきりしているのは、私の証明する定理の正しさは、私の図の上手さとは関係がないということだ。図の役割はただ、私の意図を聴衆に深く実感させることにあり、そのことさえできるならば、熟練の製図工によって描き直させても得るものはない。それは教育的な図版に過ぎず、講義の真の主題とは異なるところにある。

もう一段階先に進もう。私の講義する部屋は物理的世界の一部であり、それ自身が様式を持っている。その様式の研究や、物理的現実における一般的な様式の研究は、それ自身として〈物理的幾何学〉とでも呼ぶことのできる一つの分科である。さてここで、室内に猛烈な発電機が、あるいは巨大な引力を及ぼす物体が持ち込まれたとしよう。そのとき、物理学者は室内の幾何が変更されたと言い、物理的様式の全体がわずかに、しかし決定的に歪められたと言う。ところで私が証明した定理は誤ったものになるだろうか。いや、私の与えた証明が影響を受けたなどと考えるのは馬鹿げている。それはシェイクスピアの戯曲が、読者があるページに紅茶をこぼしたから変化すると考えるようなものである。戯曲はそれが印刷された本のページからは独立しており、「純粋幾何学」は講義室やその他の物理的世界のありようから独立している。

これは純粋数学者の見方である。応用数学者や数理物理学者は当然ながら異なる見方を持つが、それは彼らが物理的世界にかかりきりで、そこにはそれ自身の構造や様式があるからだ。その様式を純粋幾何学の様式と同じくらい正確に記述することはできないが、それについて何らかの重要なことを述べることはできる。われわれは、物理的世界の構成要素同士の関係性を、あるときはそれなりに正確に、またあるときは非常に大雑把に記述し、それを純粋幾何学の体系における構成要素同士の厳密に正確な関係性と比較することができる。これら二種の関係性の間に、ある種の類似を見出すこともあるだろう。そのとき、純粋幾何学は物理学者の関心の対象となる。純粋幾何学はその限りにおいて、物理学的世界の「現実に合致する」地図を与えるのだ。幾何学者は物理学者に、選択の候補となるさまざまな地図を提供する。おそらくある地図は他の地図と比べてよりよく現実に合致するだろうから、その地図のもととなる幾何学は、応用数学にとって最も重要な幾何学となる。あるいは純粋数学者すらも、その幾何学を評価する気持ちが高まるのを感じるかもしれない。というのは、物理学的世界にまったく興味がないと言えるほど純粋な数学者はいないからだ。だが、その誘惑に屈服してしまったならば、彼は純粋数学的な立場を棄てることになるだろう。

24

ここでなすべき注意がもう一つある。物理学者には逆説的に感じられるかもしれないが、その度合いは18年前よりも小さくなっていると思う。1922年に大英協会の分科会Aにおける演説で私が用いたのとほとんど同じ言葉を用いて説明しよう。当時の聴衆はほとんどすべて物理学者だったので、そのときは少々挑発的な表現をしたかもしれないが、しかし私は今も、そこで述べた本質的な内容は正しいと思っている。

私は次のように始めた。数学者と物理学者の立場には一般的に思われているほどの違いはおそらく存在せず、最も重要な違いは私が見るところ、数学者のほうが現実により直接的に接触しているということである。これは逆説的に見えるかもしれない。というのは、物理学者の取り組む主題のほうが普通は「現実的」と言い表されるからだ。しかし少し考えれば、物理学者にとっての現実が、それが何物なのかはともかく、人の持つ常識が本能的に現実というものに対して求める属性を、ほとんどもしくはまったく持っていないことが明らかになる。一脚の椅子は回転する電子の集まりかもしれないし、神の意識の中にある一つの観念かもしれない。各々の解釈にはそれぞれに利点があるが、いずれも常識の示すことからはかけ離れている。

そして次のように続けた。物理学者も哲学者も、〈物理的現実〉とは何かということについて何らの説得力のある説明をも与えてはいない。あるいは物理学者が、混迷した事実や感覚の総体から出発して、彼が〈現実〉と呼ぶものの構築にどのようにたどり着くのかということについてもそうだ。したがって、われわれは物理学の主題が何なのか、知っているとは言えない。しかしそれは、物理学者がしようとすることを大まかに理解するのを必ずしも妨げない。物理学者はもちろん、眼前にある雑然としたありのままの事実たちを、抽象的関係性のなす何らかの明確かつ整然とした体系によって関連づけようとしているのである。そしてその体系は、数学からのみ借りてくることができる種類のものだ。

一方で数学者は、彼自身の数学的現実に取り組んでいる。この現実については、22節で説明したように、私は「実在論的」な見方を採用し、「観念論的」な見方は採らない。いずれにせよ(そしてこれが私の主な論点だった)、この実在論的な見方は、物理的現実よりも数学的現実についてずっと確からしいのである。それは、数学的対象のほうが、実は見た目の姿そのものであるからだ。一脚の椅子や一つの星は、見かけとはいささかも似ていない——考えれば考えるほど、その輪郭は周りを取り囲む感覚のもやの中にぼやけていってしまう。だが「2」や「317」は、感覚とは関係がなく、その性格は綿密に調べるほどに明確に立ち現れる。現代物理学は観念論的哲学における何らかの枠組みに最もよく当てはまるのかもしれない。私はそれを信じてはいないが、そう主張する高名な物理学者たちはいる。その一方で、純粋数学は、すべての観念論をつまずかせる石であるように私には思われる。317が素数なのはわれわれがそう考えるからではなく、あるいはわれわれの意識が何らかの特定の形をなしているからではなく、それがそうだからそうなのだ。数学的現実がそのようにできているからなのだ。

25

以上の純粋数学と応用数学についての区別は、それ自身として重要だが、数学の〈有用性〉に関するわれわれの議論とはほとんど関連がない。21節において、フェルマーやその他の偉大な数学者による〈真の〉数学、最高のギリシャ数学のような永遠の美的価値を持つ数学、そして最高の文学と同様に、幾千年後の未来においても幾千人もの人々に情感に訴える深い満足をもたらし続けるという意味で、不滅の存在となった数学について説明した。それらを創った人々は主として純粋数学者であるが(当時その区別は今ほどはっきりしたものではなかったに違いないが)、私は純粋数学だけについて考えていたわけではない。マクスウェル、アインシュタイン、エディントン、ディラックを、私は〈真の〉数学者の中に含めている。近年の応用数学の偉業は相対論や量子力学においてなされたが、これらの分野は、現時点では少なくとも、数論とほとんど同じくらい〈有用でない〉。善なり悪なりのために利用されるのは、純粋数学の場合にも最も退屈で初等的な部分であるのと同様に、応用数学でも最も退屈で初等的な部分である。これは時とともに変わるのかもしれない。行列、群やその他の純粋数学の理論が現代物理学に応用されることを予測した人はいなかったのだから、〈高尚な〉応用数学の一部が予期せぬ形で〈有用〉となることもあるかもしれない。しかし現時点での証拠が指し示す結論は、純粋数学にしても応用数学にしても、実際の生活に役立つのは平凡で退屈な部分だけだということだ。

エディントンが、〈有用〉な科学の魅力の乏しさについて心暖まる例を挙げたことがあった。あるとき大英協会の会議がリーズで開かれることになり、会員は「重羊毛」産業における科学の応用について何か聴きたいだろうと考えられた。しかし、そのために企画された講演と実演は大失敗に終わった。会員は(リーズの市民であるか否かによらず)面白がりたかったのであり、「重羊毛」は面白い話題では全然なかったのだ。だからそれらの講演に出席した人はひどくがっかりした。しかしクノッソスの遺跡発掘作業、あるいは相対論、あるいは素数の理論について講演をした人々は、それに惹かれてやってきた聴衆に喜ぶこととなった。

26

数学のうち、どの部分が有用であろうか。

まず、(大学以前の)学校数学の大部分、すなわち算術、初等的な代数、初等的なユークリッド幾何学、初等的な微分法と積分法である。「専門の生徒」に対し講義されるような内容の一部、たとえば射影幾何学は、除かねばならないだろう。応用数学においては、基礎的な力学も有用だ(電気学は、大学以前の学校で教えられる範囲では、物理学に類別されるべきである)。

次に、大学数学もそのある程度の割合が有用である。つまり、学校数学をより磨き上げられた技術によって発展させたにすぎない部分のことだ。電気学や流体力学といった、もっと物理的な分野の一部もそうである。また、次のことも心に留めておくべきだ——知識の蓄えの多さは常に有利なことであって、もし最も経験豊かな数学者の知識が、彼に不可欠な最小限のものになってしまったら、彼の能力には深刻な制限がもたらされるだろう。そういう理由で私たちは、各々の項目についていくらかのことを学ばねばならない。だが原則的な結論としては、そのような数学は、有能な技術者や平均的な物理学者に必要であるがゆえに有用なのだとしてよかろう。それらの数学はとりたてて美的価値を持っていないと言っても概ね同じことである。たとえばユークリッド幾何学が有用なのは、その退屈な部分に限られる——われわれには平行線公準や、比例の理論や、正五角形の作図法は不要である。

すると次の奇妙な結論に達する。純粋数学は全体として、応用数学より明確に有用なのである。純粋数学者は美的側面だけでなく、実用的側面においても優位性を持っているように思われる。何よりも有用なのは技術であり、数学的技術は主に純粋数学を通じて教授されるからだ。

言うまでもなく私は、数理物理学という、圧倒的な問題を備え、最高級の想像力が咲き乱れてきた絢爛たる分野を貶めようとしているのではない。しかし、普通の応用数学者の立場というのは、ある意味で少々痛ましくはないだろうか。彼が有用な存在であろうとすれば平凡な仕方で仕事をしなければならないし、彼が高みに登ることを望んでも想像を自在に羽ばたかせるわけにはいかない。「想像上の」宇宙は、この馬鹿らしい姿をした「現実の」宇宙より遙かに美しい。応用数学者の想像力による最良の産物のほとんどは、それが生まれた瞬間に放棄されることになる。それが現実に適合していないという、残酷だが十分な理由によって。

原則的な結論は、まったく十分にはっきりしている。もしも有用な知識というものが、われわれがひとまず認めたように、現在か比較的近い将来において人類の物質的な豊かさに貢献するものを指し、したがって単なる知的満足とは無関係なのだとすれば、高度な数学のほとんどすべては有用でない。現代的な幾何学や代数学、数論、集合論と関数論、相対論、量子力学——どれも五十歩百歩で有用性の基準には達しないし、有用性を根拠としてその人生が正当化されるような真の数学者はいない。これが基準であるのならば、アーベル、リーマン、ポアンカレは一生を無駄にしたのだ。人類の豊かさに対する彼らの貢献は無視できる程度でしかなく、彼らがいなかったとしても、世界は今と同じ程度に幸せな場所だったことだろう。

27

私の〈有用性〉の概念は狭すぎると反論することも可能と思われる。有用性を〈幸福〉や〈快適さ〉のみによって定義し、数学の全般的な〈社会的〉影響を無視していると。後者は近年さまざまな著者によって重視されている——背景とする共感の質には大きな隔たりこそあるが。たとえばホワイトヘッド(彼は数学者だった)は「数学的知識の人間生活、日々の仕事、社会の効率性に及ぼす巨大な影響」について語り、ホグベン(彼はホワイトヘッドと異なり、私や他の数学者が数学と呼ぶものについて共感を持たない)は「量や順序に関する文法であるところの数学に関する知識がなければ、万人が余暇を楽しみ、誰も困窮しない、そんな合理的社会を計画することはできない」と述べる(そして、同じ影響について言葉を重ねる)。

だが私は、これらの雄弁が数学者を安堵させると心から信じることができない。二人の言葉は猛烈に誇張されており、どちらも明白な差異を無視している。ホグベンの場合には、彼はもちろん数学者ではないのだから、それはごく自然である。彼の言う「数学」とは彼の理解できる数学のことであって、私が「学校」数学と呼んだものだ。この数学には私も認めたようにさまざまな利用法があり、望むならばそれを「社会的」と言ってもよいだろう。ホグベンはそれを、数学的発見の歴史に関する多くの興味深い指摘によって補強している。この点において彼の本には価値がある。それらの指摘により、今までもこれからも数学者ではない多くの読者に対し、数学が彼らが思うより豊かな内容を持つことを明らかにしているからだ。だがホグベンは、〈真の〉数学についての理解をほとんど持っていないし(ピタゴラスの定理、あるいはユークリッド、アインシュタインについての記述を読めば誰でもすぐにわかる)、共感はもっと持っていない(彼はそれを示すために惜しみない労力を費やす)。彼にとって、〈真の〉数学とは、軽蔑と哀れみの対象にすぎない。

ホワイトヘッドの場合には、問題は理解や共感の不足にあるわけではない。しかし彼は熱心さのあまりに、彼がよく知っているはずの違いを忘れている。「日々の仕事」や「社会の効率性」に「巨大な影響」を持つのは、ホワイトヘッドのではなくホグベンの数学だ。「普通の人の普通の用事」に使うことのできる数学は無視できるほどのものであり、経済学者や社会学者の使う数学も「学問基準」には達しない。ホワイトヘッドにとっての数学は、天文学や物理学には深く影響するかもしれない。哲学においても、はっきり認められるほどの影響があり得る——ある領域における深い思考は、別の領域における深い思考に容易に影響を及ぼす。だが他の学問には、ごくわずかにしか影響しない。ホワイトヘッドにとっての数学の「巨大な影響」というのは、人間一般にではなく、ホワイトヘッドのような人物のみにもたらされてきたのだ。

28

そういうわけで、数学には二種類ある。真の数学者による真の数学と、私が当面の呼び名として〈自明な〉数学と言うものだ。自明な数学は、ホグベンや彼の一派にとっては響くような議論によって正当化されることもあろう。しかし、真の数学に対してはそのような弁護はなく、正当化されるとすれば芸術としてのみ正当化されるのである。この見方には逆説的な点も独特な点もまったくなく、数学者の間では共有された見方である。

だが、まだ考えるべき問題が一つある。われわれは、自明な数学は概して有用であり、真の数学は概して有用でないと結論した。自明な数学はある意味で善をなし、真の数学は同じ意味で善をなさない。しかしまだ問うべきことがある——どちらの種類の数学がをなすかである。平和な時代においては、どんな種類の数学であれ、それが大きな害をなすと考えるのは逆説的であろう。そうしてわれわれは自然に、戦争に対する数学の影響を考察することになる。今、この問題について冷静な立場から議論することは非常に難しいから、私はこの問題を避ける選択をすべきだった。だが何らかの議論は必要と思われる。幸いなことに、それは手短に済ませることができる。

真の数学者にとっては心の安らぐような一つの結論がある。真の数学は、戦争には影響を及ぼさない。数論や相対論を戦争に役立たせる方法は誰も見出していないし、これからも長い間、見出されるとは思われない。弾道学や航空力学といった、戦争のためにつくられ、比較的高度な技術を要する応用数学の分科が存在するのは事実である。これらを〈自明〉とするのは難しいかもしれないが、〈真の〉と言うほどのものではない。これらの分野はまったく、身の毛がよだつほど醜く、耐えがたいほど退屈である。リトルウッドでさえ弾道学を見苦しくないものにはできなかったのだし、彼にできなかったのなら誰に可能だというのか。したがって真の数学者には負い目はない。その業績の持ち得る価値を落とすものは何もない。オクスフォードで私が述べたとおり、数学は「無害な」職業である。

その一方で、自明な数学は戦争において多くの応用を持つ。たとえば砲術の専門家や航空機の設計士の仕事は、それ無しには成り立たない。そして、その応用が全体としてもたらす影響は明白である。数学は、現代的、科学的な「全面」戦争の実現を手助けしている(物理学や化学の場合ほど明らかでないにしても)。

これは一見すると残念なことのようであるが、実際にそうか否かはそれほど明らかではない。現代の科学的戦争については、二つの正反対の見方があるからだ。その一つは当然のもので、科学のもたらす影響は戦争において、単純に、その恐ろしさを拡大しているとする見方である。戦闘にかり出される少数の人々の苦痛を増大させ、また苦痛の及ぶ範囲をその他の人々にも広げるというものだ。これは自然かつ伝統的な見方である。しかし、それとは大きく違いながらも同様に批判に耐え得るような見方が、ホールデンの『カリニコス』で強調されている。つまり次のような主張だ——現代の戦争は科学以前の戦争よりも恐ろしさの度合いが小さいとか、爆弾は銃剣よりもおそらく慈悲深いとか、催涙ガスやマスタード・ガスは軍事目的の科学がこれまでに生み出した最も人道的な武器かもしれないとか、伝統的な見方は考えの浅いセンチメンタリズムのみに基礎をおいているといったものである。さらには(これらはホールデンの議論に含まれるものではないが)、科学がもたらすとされる危険の平均化は長い目で見れば好ましいとか、一般市民と軍人の生命の価値、あるいは女性と男性の生命の価値に差はないとか、何が起こるにせよ戦争の残酷さが特定の人々に集中するよりはましだとか、要するに、戦争が「全面的」になるのは早ければ早いほどいいのだと力説することもできるだろう。

どちらの見方が真実に近いのか、私にはわからない。これは緊急かつ現在進行中の問題だが、ここで議論しなくてもよいだろう。この問題は〈自明な〉数学にのみ関係するのであり、それを弁護するのは私の仕事というよりホグベンの仕事だ。彼の数学は少なからず汚されているかもしれないが、私の数学には影響はない。

いや、実際は、さらに述べるべきことがある。というのは、真の数学が戦時に果たし得る役割がとにかく一つあるからである。世界が狂気の中にあるとき、数学者は数学の中に、これ以上ない鎮痛剤を見出すだろう。それは数学が、すべての芸術と科学の中で、最も禁欲的で最も彼方にあるからだ。数学者はあらゆる人々の中で最も容易に、バートランド・ラッセルの言う「私たちの高貴な衝動のうちの少なくとも一つが、現実という異邦での陰鬱な生活から最もよく逃れられる場所」に避難することができる。残念ながら一つの重大な留保が必要であるが——彼は老いすぎていてはならない。数学は瞑想的ではなく創造的な学問である。創造する力や欲望を失った者には、たいした慰めを与えはしない。そしてその時は数学者には非常に早く訪れる。これは悲しむべきことだが、そうなったなら彼はいずれにせよたいした存在ではないのであり、彼のことを気にかけるのは愚かなことであろう。

29

締めくくりにあたって私の結論をまとめるが、それをより個人的な形で行いたいと思う。私は冒頭で、自分の分野を弁護する者は、自分自身を弁護していることに気づくだろうと述べた。そして私の専門的数学者としての人生の正当化は、根本的には私自身の正当化にならざるを得ないだろうと。したがってこの結びの節は、本質的に、私の自叙伝の断片となる。

私には、数学者以外の何かになりたいと思った記憶がない。自分の才能がその方向にあることは幼い頃から明らかだったように思うし、年上の者たちの判断を疑う気持ちは生じなかった。子供だった頃、数学に対し何らかの情熱を感じた記憶はなく、数学者のキャリアについておそらく私が思い描いていたイメージは、高貴さからはほど遠かった。私は数学を、ただ試験や奨学生資格と結びつけて考えていた。私は他の少年たちを打ち負かしたいと望み、私が完膚なきまでにそれを実行できるのは数学においてであると思われた。

15歳の頃になって、私の野心は(だいぶ風変わりな仕方で)大きく転換した。「アラン・セント・オービン」による『トリニティのフェロー』という、ケンブリッジの大学生活と思われるものを扱ったシリーズの一冊があった。その本はマリー・コレリの本の大部分より劣悪だと思う。しかしそれが、ある賢い少年の想像力に火を点すのだとすれば、まったく駄目な本とも言えないだろう。その本には二人の主人公がいた。第一の主人公はフラワーズという名で、ほとんど全方位にわたって秀でており、それより大きく劣る器である第二の主人公は、ブラウンといった。フラワーズとブラウンは大学生活の中で多くの危険な目に遭うのだが、最悪だったのはチェスタトンの、ベレンデンという魅力的ではあるが邪悪な若い姉妹が仕切る賭博サロンだった。フラワーズはそういった危機をすべてくぐり抜け、セカンド・ラングラー、そしてシニア・クラシックとなり、自動的にフェローの地位を得た(それはそうなるだろうと私も思う)。ブラウンは誘惑に負け、両親を破産させ、酒に溺れ、雷雨の中で下級学生監の祈りによってなんとか精神錯乱から救われ、やっとのことで通常の学位を取得して、最終的には宣教師になった。これらの不幸な出来事によっても彼らの友情は壊れることはなく、フラワーズは愛情と同情をもってブラウンに思いを巡らせつつ、彼は初めて、上級談話室でポートワインを飲みクルミを口にする。

フラワーズは十分に立派なフェローではあったが(「アラン・セント・オービン」が描くことのできた範囲において)、まだ未熟な知性しか持たない私にさえも、彼を賢いと認めるのはためらわれた。彼にすらこれらができたのなら、自分にできないはずがあろうか。特に、最後の談話室における場面は私を完全に魅了した。その時から、私がそれを手に入れるまでの間、数学とは私にとって、まず第一にトリニティのフェロー資格のことを意味するようになった。

ケンブリッジにやって来るとすぐ、私はフェロー資格が「独創的な仕事」を意味することを知った。しかし、研究について何らかの具体的な考えを形成するまでには長い時間がかかった。私はもちろん、それまでの学校で、すべての数学者の卵と同様に、しばしば教師よりも数学がよくできることに気づいていた。そしてケンブリッジでも、当然それまでより頻度は落ちたが、カレッジの教師よりもうまくできることがあった。だが私は、トライポスを受験する時期になってさえも、私がその後の人生のすべてを費やすことになるテーマについて、本当に無知であった。私はまだ、数学を基本的に「競争的な」対象と見なしていた。私の目を初めて開かせたのはラヴ教授であった。彼は数学期にわたり私を教え、解析学に関する重要な概念を授けたのだが、私が彼に大きく負っているのは——彼は結局のところ、主として応用数学者だった——ジョルダンの有名な『解析学教程クール・ダナリズ』を読むようにという助言だった。私は、私と同世代に属する多くの数学者に最初の霊感を与えた、あの重要な著作を読んだときの驚きを忘れることはないだろう。そうして私は、数学が本当に意味するものを初めて学んだのだった。そのときを境にして、私は自分なりに真の数学者になったのである。堅固な数学的野望と、本物の情熱を備えた数学者に。

その後の10年間はたくさんの論文を書いたものの、いかなる意味でもほとんど価値のないものだった。今でも何らかの満足とともに思い出せる論文は、4編か5編しかない。私のキャリアにおける真の転機が訪れたのは、10年あるいは12年が経ったときだった。1911年、リトルウッドと長きにわたる共同研究を始めたときと、1913年、ラマヌジャンを発見したときである。それ以後の私の価値ある仕事はすべて、彼らとともに行ったものである。私が彼らとの共同作業を始めたことが、私の人生における決定的な出来事だったのは明らかだ。今でも私は、絶望的な気分になったときや、尊大で退屈な人々の話を聞かねばならないときに、こんなふうに独り言を言う。「だが、私はには無理だったことを一つやったよ。それはリトルウッドやラマヌジャンと対等に共同研究をしたってことさ。」彼らのおかげで私は相当な年齢まで成長を続けることができた。私がピークにあったのは40歳を少し過ぎた頃で、オクスフォードの教授をしていたときだ。それからはずっと、止まることのない劣化という、老いた人、特に老いた数学者たちの共通の運命に苦しめられてきた。数学者が60歳になっても有能であることは可能ではあろうが、彼に独創的な発想を期待するのは無駄である。

もはや私の人生が終わったのは明らかである——人生の価値ある部分については。私には、その価値を目に見えるほど増したり減じたりするようなことは、もはや何もできない。冷静でいることは非常に難しいが、私は自分の人生を「成功」であったと見なしている。私は、同じくらいの能力を持った人間にふさわしい程度よりも報われてきた。私は居心地の良い「威厳のある」地位を多数経験した。大学の退屈な雑務にはほとんど煩わされなかった。私は「教育」が大嫌いだが、ごくわずかしかそれをする必要には迫られず、かつそれらは、ほとんどすべて研究指導であった。私は講義は好きだ。そして非常に優秀なクラスでたくさんの講義をしてきた。また私には、研究のために使えるたくさんの自由な時間があった。研究は私の人生において、涸れることのない大きな幸福であった。他の人々とともに仕事をすることに困難はなかったし、2人の並外れた数学者とともに大規模な共同作業を行うこともでき、それによって、私が相応に望み得たよりもずっと多くのことを、数学という学問に付け加えることができた。他の数学者と同じく、残念なこともあったけれども、とりたてて重大なものはなく、特別に不幸な思いをすることもなかった。仮に20歳だった頃に、これより良くも悪くもない人生を提示されていたならば、私は躊躇せずに受け入れただろう。

「もっと良い人生を送れた」と考えるのは馬鹿げたことだと思う。私には言語的あるいは芸術的才能はないし、実験科学にはほとんど興味を持っていない。哲学者としてはなんとかやっていけたかもしれないが、特に独創性は持ち得なかっただろう。法律家としてはうまくやったのではないかと思う。しかし、学究以外で本当に自分の可能性に確信を持てた職業はジャーナリズムだけである。疑いようもなく、私が数学者となったのは正しかったのだ。もし、一般的に成功と呼ばれるものによって判断するならば。

私の選択は正しかったのだ、私が望んでいたものがほどほどに不自由のない幸せな生活だったのだとすれば。だが、事務弁護士、株式仲買人、あるいはブックメーカーも多くは不自由のない幸せな生活を送る。彼らの存在がいかに世界を豊かなものにしたかを知るのは極めて難しい。私は何らかの理由によって、自分の人生が彼らのものよりも、いくらか無意味ではなかったと主張できるだろうか。私には、その答えとなる可能性のあるものが、再びただ一つだけあるように思われる。イエスだ、おそらく、しかし、仮にイエスだとすれば、たった一つの理由によってである。

私は〈有用〉なことは何もしなかった。私の発見はどれも、世界の快適さにはまったく寄与しなかった——過去においてもおそらく将来においても、直接的にも間接的にも、良い面でも悪い面でも。他の数学者を育てる手助けはしてきた。だがそれは、私自身と同種の数学者をである。彼らの仕事は、少なくとも私が手助けした範囲においては、私の仕事と同じくらい〈有用〉でなかった。あらゆる実際上の基準で判断するならば、私の数学者としての人生は無価値である。数学以外についてはいずれにせよ取るに足りない。まったく完全に取るに足りないという評決から逃れ得る可能性は、私には一つだけある。それは私が、創造するだけの価値のあるものを創造してきたと判断されるかもしれないということだ。私が何物かを創造してきたことは否定の余地がない。問題はその価値である。

そういうわけで、私の生涯、あるいは私と同じ意味において数学者であった者の生涯に関する弁明は、次のとおりである——私は知識の積み重ねに何物かを付け加え、また他の者がより多くを付け加えるのを助けた。そしてその何物かとは、程度の違いこそあれ、種類としては、偉大な数学者や、あるいは他の芸術家、偉大な者でもそうでなくてもよいが、彼らの創造したものと同じであった。彼らが去った後の世界に、何らかの足跡を残した者たちの。

覚え書き

ブロード教授とスノー博士はともに、私が科学のもたらした善と悪について公平であろうとするならば、戦争に対する影響に過度にとらわれてはならないと注意した。また、それについて考えるときも、純粋に破壊的な影響以外にも多くの重要な影響があることを心に留めねばならないとした。そこで(まず第二の点を取り上げると)、私が意識に置かなければならないのは次のことである。(ア)全国民を戦争のために組織することは科学的方法によってのみ可能であること、(イ)プロパガンダという概ね悪のためにのみ用いられるものの力を、科学は飛躍的に高めてきたこと、(ウ)科学は「中立であること」をほとんど不可能あるいは無意味なものにし、したがってもはや、戦争の後にそこから正気と復興が湧いてくるような「平和の島々」と言うべき場所はないということ。もちろんこれらは、すべて科学への反対論を支持する側にある。その一方で、この論を極限にまで推し進めたとしても、科学によってなされた善が全体として悪を上回らないと真剣に主張するのは難しい。たとえば、戦争のたびに一千万の命が失われるとしても、科学のもたらす効果は全体として、なお平均寿命を延ばしてきたと言えよう。端的に言って、28節は「センチメンタル」すぎた。

私はこれらの批判の正当性について争わないが、緒言で述べた理由によって、本文でそれに応えることはできなかった。したがって以上のように述べるにとどめたい。

スノー博士はまた、8節について興味深い細かな指摘をした。「アイスキュロスが忘れられようともアルキメデスは記憶に留まり続けるだろう」というのを認めたとして、数学的な栄誉は、完全な満足のためには少々「匿名的」すぎるのではないかと。アイスキュロスの作品からは、その人となりについて、だいぶはっきりした描像が得られる(もちろん、シェイクスピアやトルストイについてはさらに正確にわかる)。だが、アルキメデスやユードクソスは単なる名前として残るにとどまるだろう。

J. M. ロマス氏はこの点を、ともにトラファルガー広場のネルソン記念碑の前を通りがかったとき、より鮮やかに描き出して見せた。ロンドンに記念碑が建てられ、その上に自分の像が載せられるなら、記念碑は像が見えなくなるほど高い方がいいか、像の細部が見えるように低い方がいいか。私は第一の選択肢を選ぶ。スノー博士は、たぶん第二の選択肢を選ぶだろう。

  1. (訳注)A. E. ハウスマン(1859–1936)はイギリスの古典学者、詩人。1911年からケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのラテン文学教授を務める。同カレッジはハーディが学んだ場所でもある。ハーディは卒業後も同カレッジに留まりフェローおよび講師を務めていたが、1919年にオクスフォード大学に教授として移籍する。そして1931年になって、教授として再びケンブリッジに戻ったのであった。ハウスマンの『詩の名称と本質』(The Name and Nature of Poetry)が発表されたのは1933年のことである。
  2. (訳注)F. H. ブラッドリー(1846–1924)はイギリスの哲学者。『現象と実在』(Appearance and Reality)は1893年の著作。
  3. (訳注)S. ジョンソン(1709–1784)はイギリスの文学者。親しみを込めて「ジョンソン博士(Dr Johnson)」と呼ばれた。ジョンソンが編纂し1755年に出版された『英語辞典』(A Dictionary of the English Language)は、1928年に『オクスフォード英語辞典』(Oxford English Dictionary)が完成するまで、最も権威ある英語辞典であった。この辞典はユーモアないし偏見を含む語釈でも知られ、たとえば「excise」(物品税)は「日用品に課される憎むべき税金で、公共のために商品について適切な判断のできる人ではなく、この税金を懐に収める者たちに雇われた悪党によって決定される」と、「oats」(オート麦)は「穀物の一種。イングランドでは一般的に馬の餌になるが、スコットランドでは人の食料になる」とされている。
  4. (訳注)A. アレヒン(1892–1946)はロシア出身のチェス・プレイヤー。D. ブラッドマン(1908–2001)はオーストラリアのクリケット選手。
  5. (訳注)いずれも高名な数学者であるが、特にS. ラマヌジャン(1887–1920)はハーディにとって重要人物である。インドに生まれ、半ば独学で数学を学んだラマヌジャンは、研究成果を記した手紙をイギリスの数人の教授に宛てて送った。手紙を受け取った者のうち、ハーディはその内容の重要性に気づいてラマヌジャンをケンブリッジ大学に招聘する。ラマヌジャンは初めそれを断るが(カーストの規律によるとされる)、ハーディの再三の要請、また周囲の勧めもあって、1914年に渡英する。系統的な専門教育を受けていないラマヌジャンではあったが、ハーディとその共同研究者であるJ. E. リトルウッドの助力の下で、天才的な直観によって多くの定理を生み出す。だが、ラマヌジャンは1917年に病に伏す。第一次世界大戦終戦後の1919年にインドに戻ったものの、その翌年に死去した。
  6. パスカルがもっともいい例のようだ。
  7. (訳注)1節に登場したA. E. ハウスマンの第3詩集『拾遺詩集』(More Poems) 45番目の詩の一部。
  8. (訳注)L. パスツール(1822–1895)はフランスの生化学者。ライバルであったR. コッホとともに細菌学を確立した。J. リスター(1827–1912)はイギリスの外科医。パスツールらの研究に基づき、術後感染を防ぐ防腐手術法を考案した。ハーディがパスツールやリスターに野心が見られるとしたのはどういうことか、訳者には定かにはわからない。
  9. (訳注)K. ジレット(1855–1932)はアメリカの実業家。安全剃刀を発明。W. ウィレット(1856–1915)はイギリスの建築業者。サマー・タイムを提唱した。
  10. (訳注)J. E. リトルウッド(1885–1977)はイギリスの数学者。1911年からの35年間にわたるハーディとの共同研究で知られる。
  11. (訳注)ケンブリッジ大学やオクスフォード大学には、学部のほかにカレッジ(「学寮」と訳されることもある)という組織があり、学部とカレッジは互いに依存しながら運営されている。各カレッジの運営に関わる正構成員はフェロー(「特待校友」とも訳される)と呼ばれる。そのほとんどは教員である。
  12. (訳注)サイモン卿ことJ. A. サイモン(1873–1954)、ビーヴァーブルック卿ことW. M. エイトケン(1879–1964)は、いずれもイギリスの政治家。2人とも政府の要職を務め、エイトケンは1917年に男爵位を、サイモンは1940年5月に子爵位を与えられた。
  13. (訳注)B. ラッセル(1872–1970)はイギリスの数学者、論理学者、哲学者。数学の形式論理学への還元に尽力し、A. N. ホワイトヘッドとともに、全3巻からなる『プリンキピア・マテマティカ』(Principia Mathematica)を1910年から1913年にかけて著した。
  14. (訳注)W. シェイクスピア『リチャード二世』第3幕第2場。翻訳は、福田恆存訳を新字体・現代仮名遣いに変更して引用した(『福田恆存飜譯全集 第五卷』文藝春秋、1992年)。
  15. (訳注)A. N. ホワイトヘッド(1861–1947)はイギリスの数学者、哲学者。1924年からはアメリカで活動した。B. ラッセルとともに『プリンキピア・マテマティカ』を著したほか、1929年の『過程と実在』(Process and Reality)でも知られる。
  16. (訳注)L. ホグベン(1895–1975)はイギリスの動物学者。1936年の『百万人の数学』(Mathematics for the Million)、1938年の『市民の科学』(Science for the Citizen)がベストセラーになった。
  17. (訳注)「チェス・プロブレム」とは、チェスのルールに基づくパズル。「詰めチェス」と呼ばれることもあるが、詰将棋とは異なる部分もある。
  18. (訳注)H. スペンサー(1820–1903)はイギリスの哲学者、社会学者。社会進化論で知られる。
  19. 『Nature』137–9巻 (1936–7)の「Hexlet」に関する彼のレター論文数編を見よ。
    (以下訳注)F. ソディ(1877–1956)はイギリスの化学者。放射性元素の原子核崩壊を研究し、同位体元素の概念を提出した。
  20. (訳注)「重要」「真剣」と訳出した箇所は、原文ではそれぞれ「important」および「serious」。
  21. (訳注)W. シェイクスピア『マクベス』第3幕第2場。訳文は、10節と同じく、福田恆存訳を新字体・現代仮名遣いに変更して引用した(『福田恆存飜譯全集 第六卷』文藝春秋、1992年)。
  22. 『原論』第IX巻20。『原論』にある定理には実際の出自が明らかでないものも多いが、この定理をユークリッド自身のものでないと考える特別な理由はない。
    (以下訳注)『原論』(Στοιχείαストイケイア、英語ではElements)は、紀元前3世紀頃にエウクレイデス(訳文では英語読みの「ユークリッド」を採用した)によって編纂された。当時のギリシャ数学の集大成で、全13巻からなる。ヨーロッパでは長く教科書として利用され、特にイギリスの中等学校では19世紀末まで使われていたという。
  23. 技術的な理由により1は素数に数え入れない。
  24. 背理法を用いないように証明を修正することもできる。ある学派の論理学者は、それを好むだろう。
  25. この証明は伝統的にピタゴラスに帰せられてきたが、実際には彼の学派によるものだ。この定理はより一般化された形でユークリッドに現れている(『原論』第X巻9)。
  26. ユークリッド『原論』第I巻47。
  27. ハーディ、ライトによる『数論入門』第4章を参照。ピタゴラスの論法のさまざまな一般化、およびテオドロスに関する歴史上の疑問が扱われている。
  28. (訳注)ユードクソスの比例論は、実質的に、R. デデキントの切断による実数論(1872年)と等価であるとされる。
  29. (訳注)ハーディがこのように述べている一方で、原子物理学の重大な応用である原子爆弾の理論的な可能性は、すでにL. シラード(1898–1964)によって1933年の終わり頃に考え出されていた。オーストリア=ハンガリー帝国に生まれたユダヤ人であるシラードは、1920年代にベルリン工科大学で学び、同大学に職を得て物理学の研究を行うが、1933年3月にドイツを離れ、それからしばらくはロンドンを拠点として亡命学者を援助する活動を行っていた。1934年に原子爆弾に関する初めての特許を取得し、1935年にオクスフォード大学に研究環境を得ている。1936年にはイギリス海軍に特許を譲渡し、その後1938年にアメリカに移住した。
  30. (訳注)これはE. マイセルが1885年に求めた値であるが、1959年、D. レーマーによって正しくは50,847,534個であることが明らかにされた。
  31. 第11版、1939年(H. S. M. コクセターによる改訂版)。
    (以下訳注)W. W. R. ボール(1850–1925)はトリニティ・カレッジのフェローで、J. E. リトルウッドのチューター(個人指導を担当する教師)も務めた。『数学的娯楽とエッセイ』(Mathematical Recreations and Essays)の初版は1892年。
  32. 『科学と現代世界』33ページ。
    (以下訳注)同書(原題Science and the Modern World)は1925年出版。
  33. 『科学と現代世界』44ページ。
  34. (訳注)原文は「Everything is what it is, and not another thing」。J. バトラーによる1726年の『ロルズ教会における十五の説教』(Fifteen Sermons Preached at the Rolls Chapel)にある文句。G. E. ムーアが1903年に『プリンキピア・エチカ』(Principia Ethica)で引用したことにより、よく知られるようになった。
  35. 『科学と現代世界』46ページ。
  36. 宇宙に存在する陽子の個数は$10^{80}$程度と見積もられている。$10^{10^{10}}$を通常の記法で書くと、平均的なサイズの本で50,000冊程度を占める。
  37. 14節で触れたように、1,000,000,000より小さい素数は50,847,478個ある。これがわれわれの正確な知識の限界である。
    (以下訳注)14節の訳注で触れたように、正しくは50,847,534個。
  38. 私の理解によれば、プロブレムが同種の手筋をたくさん持つことは美点であると考えられている。
  39. 私もそんな考え方をしていると非難されてきた。かつて私は「ある科学が有用とされるのは、その発展が富の偏在を助長するとき、またはより直接的に人間生活の破壊を促進するときである」と書いたことがある。1915年のこの文は、(肯定的にも否定的にも)幾度か引用された。もちろんこれは意識的な修辞的装飾だが、しかしこの文が許容されたのは、あの時代だったからだろう。
  40. (訳注)原文では〈真の〉は「real」、〈現実〉 は「reality」なので、このような説明がなされている。
  41. この議論のためには、われわれはもちろん、数学者が「解析」幾何学と呼ぶものも純粋幾何学に入れる必要がある。
  42. (訳注)「大英協会」とは、1831年につくられた大英科学振興協会(British Association for the Advancement of Science)のこと。その分科会Aが扱うのは「数理科学および物理科学」。
  43. (訳注)イギリス、ヨークシャー地方の都市。羊毛産業で栄えた。
  44. (訳注)ギリシャのクレタ島にある遺跡。イギリスの考古学者A. エヴァンズによって1900年に発掘された。
  45. (訳注)ハーディはこう述べるが、しかし1930年代から行われたドイツ軍の暗号機「エニグマ」に対する解読作業には、初等的な群論が用いられていた。ハーディはそれを〈真の〉数学と呼ばざるを得ないのではないかと訳者には思われる(実際、25節にはそういう趣旨での群への言及が見られる)。この解読作業に関わった人に、ポーランドのM. レイエフスキ(1905–1980)やイギリスのA. チューリング(1912–1954)がいる。チューリングはケンブリッジ大学キングズ・カレッジの卒業生であった(卒業後の1935年から約1年間、同カレッジのフェローも務めていた)。
  46. (訳注)J. E. リトルウッドは第一次世界大戦の際に、イギリス砲兵隊で技術改良に携わった。
  47. J. B. S. ホールデン『カリニコス——化学戦争の正当化』(1924年)。
  48. この言葉は一般にひどい誤用をされているが、そのことで問題に予断をもたらすことを私は望まない。この言葉は、ある種のバランスを欠いた感情を指すものとして適切に用いることができる。もちろん、「センチメンタリズム」と言うことで他者の慎み深い感情を揶揄し、「リアリズム」と言うことで彼ら自身の残酷さを隠す人も多く存在する。
  49. 「アラン・セント・オービン」とはフランシス・マーシャル女史であった。マシュー・マーシャルの妻である。
  50. (訳注)M. コレリ(1855–1924)はイギリスの作家。1886年に『二つの世界のロマンス』(A Romance of Two Worlds)でデビュー。当時最も人気のある作家だったが、一方で評論家からは低俗文学という評価を受けた。
  51. (訳注)ケンブリッジ郊外の地域。
  52. チェスタトンには実際に、風光明媚と言うべき特徴がない。
  53. (訳注)ラングラー、クラシックはいずれも、ケンブリッジ大学における優等学位試験「トライポス」で上位の成績を収めた者のこと。ラングラーは「数学トライポス」、クラシックは「古典トライポス」に対応する。シニアは首席、セカンドは次席を意味する。なおハーディ自身は1898年のフォース(第4)・ラングラーであった。ただしハーディは、通常入学して3年後に受けるその試験を、例外的に2年で受けた。

訳者あとがき

原著は1940年にケンブリッジ大学出版局から出版され、またその後、C. P. スノーによる長い「序文(Foreword)」を加えた版が1967年に出ました。この翻訳では1967年版を底本とし、ハーディの書いた部分のみを訳出しています。ハーディは1947年に死去しており、その著作については日本における著作権保護期間が終了しているため、翻訳を特別な許可を得ることなく公開するものです。

訳文の検討にあたり、宮谷和尭さんに大きなご助力をいただきました。感謝いたします。

なお、初めにも触れたとおり、柳生孝昭さんによる翻訳が『ある数学者の生涯と弁明』として出版されていますが(現在は丸善出版から)、そちらにはスノーの「序文」も収録されています。「序文」に興味がある方は、ぜひそちらもご覧ください。

ライセンス

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