映画『演劇1』のこと

先月初めのことになりますが、『演劇1』という映画を観てきました。

劇作家・演出家の平田オリザさんの活動を追ったドキュメンタリー作品です。公式サイトのタイトルにあるように『演劇2』も同時期に公開されたのですが、こちらはまだ観ていません。『1』は主に演出の現場が題材になっていて、『2』は演劇の世界の外との関わりが扱われているようです。

当初公開されていた渋谷では上映は終了したものの、都内の他の場所でまだぽつぽつ上映され続けていることを最近知りました。なのでそのうち『2』にも行きますが、『1』を観てからずいぶん時間も経ったし、とりあえず、そちらを観て思ったことだけでも。


平田さんのお名前は、昔、アエラのムック本にインタビューだか対談記事だったかが載っていたのを読んだときに知りました。「子供のころ、欲しいものがあるとその理由をレポートにして親に出さなければならなかった」みたいなことが書いてあって、「なんだこの人の生い立ちは」とびっくりしたことを覚えています。著書のうち『演劇入門』『演技と演出』もそんなに時をおかずに読みましたが、実際に舞台を観るようになったのは、なぜかずいぶん後になってからでした。通っている大学(東大駒場キャンパス)のすぐ近くに彼が本拠地とするこまばアゴラ劇場があるのを知った、5年くらい前からの話です。観たのは『火宅か修羅か』、『カガクするココロ』、『北限の猿』、『革命日記』、『ソウル市民』といったところ。まだ『S高原から』、『東京ノート』、『バルカン動物園』などなどありますね。

舞台でいろいろ観てあるおかげで映画の展開についていきやすかったのは確かなんですが、観たことなくても『演劇入門』だけ読んでいけば、そんなに疲れることなく楽しめるのではと思います。新書1冊、一読していきましょう。まったく知識なしだと、大変かもしれない。長い映画だし。一応、初めての人のためにでしょう、目黒の中高生へのワークショップの場面が用意されています。『ロミオとジュリエット』で一番重大なことは、ふたりが「出会ってしまった」という事件—あるいは問題提起—なのであって、あとはそれによって右往左往する人々を丹念に描いていけば、作品は完成する。そんな言葉を聞いただけでも、新鮮に感じられませんか?


さて、この平田演劇は、演出の場ではとことん、具体的な指示の集積によってつくられます。その描写が、この映画の主要部分です。

映画の中で平田さんは、演出上の指示を出す際に、俳優の感情に訴えません。俳優の発する言葉のトーンや間に関するコメントであるとか、動作についてのコメントであるとか、そういったことに時間が費やされます。ネジの締め具合をひとつひとつ確かめ、調整していくような感じです。稽古の合間に休憩する俳優のところに撮影者は寄っていきますが、そこで話題となるのは、その「ネジの締め具合」を感知する力です。

似たようなことが著書には文章で書かれているわけですが、映像として観たうえで僕の言葉で説明するとすれば、「正確なコミュニケーションとはそういうところでしか基本的にはできないものだし、それでいい」という考えを持っているんだろうな、ということになるでしょうか。「喜んで!」とか「怒って!」と指示してみても、人によってやることは違う。統一感のある作品を仕上げていくためには、「結局どういうことをさせたいのだろう?」と根本に戻って考える必要がある。根本に戻って得られた結論を効率的に伝えようとするとき、素人が相手ならいざ知らず、長年一緒に活動しているメンバーに対しては、具体的な動作のレベルで言葉にするのがいいし、それだけでもう十分だ、ということなのでしょう。

別の言い方をすれば、ある演技を「あたかも生得的なものであるかのように見せること」は重要であっても、それを「俳優にとって実際にほとんど生得的といえるものにすること」と混同してしまったらうまくいかない、ということだろうと思うのです。このような区別は、「よい演劇をつくること」のみならず「劇団という集団の運営」においても重要なことなのだと感じます。この点については、またあらためて書きたいと思っています。

さらに踏み込んで付け加えると、「先に『具体的行動のレベル』で『書かれた』世界があり、そのありように人間がいろいろな名前を付けている」という二重構造が、ごく自然に、この人には見えているのかもしれないとも感じました。そして、「具体的行動のレベル」における記述が、「名付けられていない感情」にアクセスするための方法でもあるのかもしれないということを思いました。アセンブラと高級言語の関係のような。

もちろん、ここに書いたのは僕が重要と感じたことにすぎません。別の人が観れば別の観点から驚くことができるような魅力的な部分が、まだこの映画にはあると思います。僕にだって他にも気になるポイントがありますが、うまくまとまらないんです。ラストシーンをどう観ることができるか、とか。